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安曇野市あづみのし

1920年には17の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の安曇野市になりました。

17町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の安曇野市

長野県の中部、松本盆地の北西部にある市です。梓川や烏川などがつくった扇状地の上に田畑と町が広がり、西には常念岳などの北アルプスが連なります。扇状地の末端には湧き水が多く、わさびの栽培やにじますの養殖が盛んです。大王わさび農場や国営アルプスあづみの公園などに多くの人が訪れます。2005年に豊科町・穂高町など5町村が合併して生まれました。

今の安曇野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で94,222人です。今の区域で数えた1980年の75,209人とくらべると25.3%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.0%です。

94,222人人口(2020年)
+25.3%1980年からの増減
331.78km²面積(国土地理院)
284人/km²人口密度
32.0%65歳以上の割合
96,4791980199020052020
15歳未満 12.2%15〜64歳 55.8%65歳以上 32.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米・わさび・野菜の農業と、電子機器などの工業

特産品・名産

  • わさび湧き水を生かして作られる
  • にじます湧き水で養殖される
  • 穂高いんげん信州の伝統野菜の一つ

見どころ・祭り

  • 大王わさび農場湧き水を使った大きなわさび田
  • 国営アルプスあづみの公園北アルプスのふもとの公園
  • 安曇野わさび田湧水群公園わさび田と湧水の公園
  • 犀川白鳥湖冬に白鳥が飛来する湖

安曇野市のなりたち

安曇野市(あづみのし)は、長野県中信地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、17の町村がありました。明盛村・温村・小倉村・有明村・北穂高村・西穂高村・上川手村・南穂高村・高家村・三田村・東川手村・中川手村・七貴村・陸郷村・東穂高村・烏川村・豊科町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の安曇野市になりました。

今の名前「安曇野市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの17の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の有明村が約81km²だったのに対し、今の安曇野市は約333km²と、およそ4.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北安曇郡・南安曇郡・東筑摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、南安曇郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧有明村の区域には有明駅(大糸線)があります。旧豊科町の区域には豊科駅(大糸線)があります。

171920年の町村の数
6回合併・編入の回数
332km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「安曇野市」という名前

安曇野市の名前は、松本盆地の北西部に広がる地域を指す「安曇野」から取られています。2005年(平成17年)に5つの町村が合併したとき、それらの町村をまとめて呼ぶ広い地名として、この名前が選ばれました。読みは「あづみの」です。「安曇」の名は古代の安曇郡にさかのぼりますが、その由来ははっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、今の市域には南安曇郡の豊科村・東穂高村・有明村など11か村、東筑摩郡の東川手村・中川手村・上川手村、北安曇郡の七貴村・陸郷村などが生まれました。豊科村は1915年(大正4年)に町となり、東穂高村は1921年(大正10年)に町制を施行して穂高町と名を改めました。

昭和の大合併では、1954年(昭和29年)に三郷村と新しい穂高町が、1955年(昭和30年)に新しい豊科町と堀金村、明科町が生まれました。明科町は1956年(昭和31年)に七貴村と合併し、1957年(昭和32年)には分かれた陸郷村の一部も加えています。郡の境をまたいで区域がたびたび調整されたのも、この地域の特徴です。

2005年(平成17年)10月1日、豊科町・穂高町・堀金村・三郷村・明科町が合併して安曇野市が発足しました。これにより南安曇郡はなくなりました。

市は梓川や烏川などがつくった扇状地の上にあり、西には常念岳などの北アルプスが連なります。扇状地の末端には湧き水が多く、わさびの栽培やにじますの養殖が盛んです。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南安曇郡に豊科村・明盛村・温村・科布村・烏川村・高家村・南穂高村・東穂高村・西穂高村・北穂高村・有明村が、東筑摩郡に東川手村・中川手村・上川手村が、北安曇郡に七貴村・陸郷村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1893年5月17日明治26年科布村の一部(小倉)が分かれて小倉村が発足し、残りは改称して三田村となった。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1915年4月1日大正4年豊科村が町制を施行し、豊科町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1921年7月1日大正10年東穂高村が町制を施行し、改称して穂高町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1954年6月1日昭和29年温村・明盛村・小倉村が合併し、三郷村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1954年11月3日昭和29年穂高町・有明村・西穂高村・北穂高村が合併し、改めて穂高町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1955年1月15日昭和30年上川手村が分割され、光の一部は中川手村に、田沢と光の一部は豊科町・南穂高村・高家村と合わさって改めて豊科町となった。種類:分割 出典:Wikipedia
  8. 1955年4月1日昭和30年烏川村と三田村が合併し、堀金村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1955年4月1日昭和30年中川手村と東川手村が合併し、明科町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  10. 1955年9月25日昭和30年東筑摩郡四賀村の一部(高萩)が豊科町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  11. 1956年9月30日昭和31年明科町と北安曇郡七貴村が合併し、改めて明科町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  12. 1957年3月31日昭和32年北安曇郡陸郷村が分割され、その一部(中・小泉と寺の一部)が明科町に編入された。同じ日に明科町の一部(中之郷・鵜山)が池田町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  13. 2005年10月1日平成17年南安曇郡豊科町・穂高町・堀金村・三郷村と東筑摩郡明科町が合併し、安曇野市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

安曇野市2005〜今
東穂高村→穂高町1889〜2005
有明村1889〜1954同じ名前の駅:有明駅
北穂高村1889〜1954
西穂高村1889〜1954
烏川村→堀金村1889〜2005
三田村1893〜1955
豊科町1915〜2005同じ名前の駅:豊科駅
上川手村1889〜1955
南穂高村1889〜1955
高家村1889〜1955
三郷村1954〜2005
明盛村1889〜1954
温村1889〜1954
小倉村1893〜1954
明科町1955〜2005同じ名前の駅:明科駅
陸郷村1889〜1957
七貴村1889〜1956
東川手村1889〜1955
中川手村1889〜1955

参考にした資料