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川越市かわごえし

1920年には14の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の川越市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の川越市

城下町と商業の町としての歴史を持ち、近代の大火後に再建された蔵造りの商家が残る市です。川越町と仙波村の合併で市が始まり、田面沢村と周辺九村の編入により市域が広がりました。前身の村には高麗郡・比企郡から入間郡へ移った地域もあります。古い市街地と周辺の農村が一つの自治体になった歩みを受け継いでいます。市の木はカシ、花はヤマブキ、鳥はカリです。

今の川越市の区域の人口は、2020年の国勢調査で354,571人です。今の区域で数えた1980年の259,314人とくらべると36.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は29.0%です。

354,571人人口(2020年)
+36.7%1980年からの増減
109.13km²面積(国土地理院)
3,249人/km²人口密度
29.0%65歳以上の割合
354,5711980199020052020
15歳未満 11.9%15〜64歳 59.1%65歳以上 29.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業・工業・農業が並び、蔵造りの町並みを生かした観光や伝統工芸もまちを支えています。

特産品・名産

  • 芋菓子川越いもの風味を生かした菓子
  • 川越唐桟江戸末期から明治期に流行した木綿織物
  • 鏡山市内の酒蔵が醸す日本酒

見どころ・祭り

  • 蔵造りの町並み大火後に再建された商家が並ぶ通り
  • 時の鐘一日四回、町に時を告げる鐘楼
  • 菓子屋横丁飴や駄菓子の店が集まる横丁

木カシ花ヤマブキ鳥カリ川越市の木・花・鳥

川越市のなりたち

川越市(かわごえし)は、埼玉県川越比企地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。仙波村・植木村・田面澤村・大田村・日東村・名細村・山田村・芳野村・古谷村・霞ケ関村・南古谷村・高階村・福原村・川越町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の川越市になりました。

今の名前「川越市」は、1920年にあった川越町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の川越町が約9km²だったのに対し、今の川越市は約109km²と、およそ11.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は入間郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧南古谷村の区域には南古谷駅(川越線)があります。

141920年の町村の数
5回合併・編入の回数
109km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「川越市」という名前

川越市は、近代より前からこの地域に使われてきた川越の名を引き継いでいます。川越城の城下町として商業が発達し、1889年の町村制で川越町が成立しました。1922年には川越町と仙波村が合併し、川越の名を残して市となりました。城下町の名前から、周辺村を含む自治体の名前へと範囲が広がった歩みです。川越町から川越市へ同じ地名を受け継ぎ、昭和の周辺村の編入後も市名を保っています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で川越町が成立しました。周辺には仙波・田面沢・芳野・古谷・南古谷・高階・福原・山田などの村があり、名細村と霞ヶ関村は高麗郡、植木村は比企郡に属していました。1896年の郡の再編で、後に川越市を構成するこれらの村も入間郡へまとまります。

1922年12月1日、川越町と仙波村の合併によって、埼玉県で最初の市となる川越市が発足しました。1938年には植木村が芳野村と古谷村に分割され、1939年には田面沢村が川越市に編入されます。1943年には日東村と大田村が合併して、大東村となりました。

1955年4月1日、川越市は芳野・古谷・南古谷・高階・福原・山田・名細・霞ヶ関・大東の九村を編入しました。市名を保ちながら周辺の村々を加え、現在につながる広い市域となった段階です。名細村と霞ヶ関村の区域もこの編入で市域に入り、西側へ市が広がりました。

町村制の後、1893年の大火で中心部の商家が多く焼けました。再建では火に強い蔵造りが用いられ、現在の歴史的な町並みにつながっています。商業・工業・農業が営まれる現在の市でも、芋菓子や川越唐桟などの名産が受け継がれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年入間郡に川越町・仙波村・田面沢村・芳野村・古谷村・南古谷村・高階村・福原村・山田村・日東村・大田村・坂戸町・勝呂村・三芳野村・入西村・大家村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年高麗郡に名細村・霞ヶ関村・鶴ヶ島村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年4月1日明治22年比企郡に植木村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1896年4月1日明治29年高麗郡と入間郡が統合され、名細村・霞ヶ関村・鶴ヶ島村が入間郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1896年4月1日明治29年植木村の所属が比企郡から入間郡に移った。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  6. 1922年12月1日大正11年川越町と仙波村が合併し、川越市となった。種類:新設合併 出典:www.city.kawagoe.saitama.jp
  7. 1938年5月1日昭和13年植木村が分割され、芳野村と古谷村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  8. 1939年12月1日昭和14年田面沢村が川越市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  9. 1943年11月3日昭和18年日東村と大田村が合併し、大東村となった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  10. 1954年7月1日昭和29年坂戸町・勝呂村・三芳野村・入西村・大家村が合併し、新しい坂戸町となった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  11. 1955年4月1日昭和30年芳野村・古谷村・南古谷村・高階村・福原村・山田村・名細村・霞ヶ関村・大東村が川越市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  12. 1966年4月1日昭和41年鶴ヶ島村が町制を施行し、鶴ヶ島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  13. 1975年5月1日昭和50年坂戸町と鶴ヶ島町の一部との間で川越市の境界が変更された。種類:一部編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

川越町→川越市1889〜今
名細村1889〜1955
山田村1889〜1955
芳野村1889〜1955
古谷村1889〜1955
植木村1889〜1938
霞ケ関村1889〜1955
南古谷村1889〜1955同じ名前の駅:南古谷駅
高階村1889〜1955
福原村1889〜1955
大東村1943〜1955
大田村1889〜1943
日東村1889〜1943
田面澤村1889〜1939
仙波村1889〜1922

参考にした資料