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入間市いるまし

1920年には6の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の入間市になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の入間市

埼玉県の南西部に位置し、東京都の青梅市や瑞穂町に接するまちです。狭山丘陵と加治丘陵の間に台地が広がり、茶畑が緑の景観をつくっています。西北部には入間川、中央部には霞川、南部には不老川が流れます。豊岡の市街地や鉄道沿線の住宅地と、農地や丘陵の緑が隣り合っています。狭山茶の産地として知られ、市の花にも茶の花が選ばれています。

今の入間市の区域の人口は、2020年の国勢調査で145,651人です。今の区域で数えた1980年の104,034人とくらべると40.0%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.7%です。

145,651人人口(2020年)
+40.0%1980年からの増減
44.69km²面積(国土地理院)
3,259人/km²人口密度
29.7%65歳以上の割合
149,8721980199020052020
15歳未満 11.5%15〜64歳 58.9%65歳以上 29.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:狭山茶の主産地で、茶の栽培と製茶が盛んです。

特産品・名産

  • 狭山茶市内の茶畑で生産される特産の茶
  • 狭山茶の花あられ入間市産の茶葉を使う観光協会の菓子
  • ほうじ茶のちゃばこ箱入りのスティック茶

見どころ・祭り

  • 旧石川組製糸西洋館製糸会社が迎賓館として建てた木造洋館
  • 入間市博物館アリット茶の世界や入間の歴史を紹介する博物館
  • 旧黒須銀行1909年に建てられた土蔵造りの銀行

木ケヤキ花茶の花鳥ヒバリ入間市の木・花・鳥

入間市のなりたち

入間市(いるまし)は、埼玉県西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。東金子村・豊岡町・金子村・藤沢村・宮寺村・元狭山村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の入間市になりました。

今の名前「入間市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の金子村が約12km²だったのに対し、今の入間市は約44km²と、およそ3.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は入間郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧金子村の区域には金子駅(八高線)があります。

61920年の町村の数
4回合併・編入の回数
45km²今の面積
1967年いちばん新しい合併

「入間市」という名前

「入間」は、1966年の市制施行にあたり公募から選ばれた名前です。この地域が古くから「入間野」と呼ばれ、産物にも入間の名が使われていたことが選定理由でした。合併によって発足したときは武蔵町でしたが、市になる際に名前を変え、古い地域名を受け継ぎました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制施行で、今の市域には豊岡町、金子村、宮寺村、藤沢村、東金子村、元加治村、元狭山村が置かれました。扇町屋は江戸時代に市が立つ地域の拠点で、明治期には繊維工業も発達しました。1943年には元加治村が飯能町との合併に加わりましたが、1954年にその旧村域の大部分が東金子村へ移りました。東金子村は同日に町制と改称を行い、西武町となっています。

1956年9月30日、豊岡町、金子村、宮寺村、藤沢村と西武町の一部が合併して、武蔵町が発足しました。西武町は全域が加わったわけではなく、仏子や野田などの地域を残して存続しました。1958年10月14日には元狭山村の一部が武蔵町に移り、翌日、残る区域が東京都瑞穂町に編入されました。

1966年11月1日、武蔵町は入間町へ改称し、同日に市制を施行して入間市となりました。1967年4月1日には残っていた西武町を編入しています。このように現在の市域は、新設合併、旧村域の移管、県境を越える編入を伴う分割を重ねてできました。豊岡や金子、元加治などの名は、今も地域や駅の名前に残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、入間郡に豊岡町・金子村・宮寺村・藤沢村・東金子村・元狭山村、高麗郡に元加治村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年元加治村の所属が、郡の再編により高麗郡から入間郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1943年4月1日昭和18年飯能町・精明村・元加治村・加治村・南高麗村が合併し、新たな飯能町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1954年4月1日昭和29年飯能市の旧元加治村の大部分と新光の一部が東金子村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  5. 1954年4月1日昭和29年東金子村が町制を施行し、東金子町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1954年4月1日昭和29年東金子町が西武町に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  7. 1956年9月30日昭和31年豊岡町・金子村・宮寺村・藤沢村と西武町の小谷田・新久・狭山ヶ原の区域が合併し、武蔵町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  8. 1958年10月14日昭和33年元狭山村の狭山台と二本木の一部が武蔵町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  9. 1958年10月15日昭和33年元狭山村の残る区域が東京都西多摩郡瑞穂町に編入され、元狭山村は廃止された。種類:県境を越えた編入 出典:Wikipedia
  10. 1966年11月1日昭和41年武蔵町が入間町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  11. 1966年11月1日昭和41年入間町が市制を施行し、入間市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  12. 1967年4月1日昭和42年西武町が入間市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

武蔵町→入間市1956〜今
西武町1954〜1967
東金子村1889〜1954
元狭山村1889〜1958
豊岡町1889〜1956
金子村1889〜1956同じ名前の駅:金子駅
藤沢村1889〜1956
宮寺村1889〜1956

参考にした資料