今の久喜市
埼玉県東北部、関東平野のほぼ中央に位置する市です。地形はおおむね平坦で、田園と市街地が広がります。久喜・菖蒲・栗橋・鷲宮の四地区から成り、日光道中の宿場や利根川の舟運、鷲宮神社などの歴史を持ちます。鉄道や高速道路が地域を結び、交通の拠点として発展してきました。現在の市の木はイチョウ、花はコスモスです。
今の久喜市の区域の人口は、2020年の国勢調査で150,582人です。今の区域で数えた1980年の114,920人とくらべると31.0%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.0%です。
主な産業:梨やいちご、米などを育てる農業が営まれています。
特産品・名産
- 梨市を代表する果物の一つ
- いちご地元農家が育て市内外に出荷する果物
- 米地域の給食などにも使われる農産物
見どころ・祭り
- 鷲宮神社国重要無形民俗文化財の神楽が伝わる神社
- 菖蒲城趾あやめ園城跡にあり初夏に花しょうぶが咲く園地
- 久喜提燈祭り「天王様」夜に提燈を飾る山車が巡る八雲神社の祭礼
木イチョウ花コスモス久喜市の木・花
久喜市のなりたち
久喜市(くきし)は、埼玉県利根地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。清久村・太田村・江面村・三箇村・小林村・大山村・栢間村・桜田村・静村・豊田村・菖蒲町・栗橋町・鷲宮村・久喜町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の久喜市になりました。
今の名前「久喜市」は、1920年にあった久喜町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の久喜町が約4km²だったのに対し、今の久喜市は約82km²と、およそ20.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北葛飾郡・南埼玉郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧栗橋町の区域には栗橋駅(東北本線)があります。
「久喜市」という名前
久喜の名は、明治の町村制以前の久喜本町・久喜新町から、久喜町、旧久喜市へと受け継がれてきました。2010年には旧久喜市と菖蒲町・栗橋町・鷲宮町が合併し、新しい市も久喜市と名乗っています。古い久喜という地名の語源は、はっきりしていません。現在の市名は、合併前の市の名前を引き継いだものです。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、久喜地区には南埼玉郡久喜町・太田村・江面村・清久村が発足しました。菖蒲地区には菖蒲町・小林村・栢間村・三箇村と大山村があり、栗橋地区では北葛飾郡栗橋町・静村・豊田村が行政を担いました。鷲宮地区も、南埼玉郡鷲宮村と北葛飾郡八輪野崎村に分かれていました。
鷲宮村は1933年4月17日に町になりました。栗橋町は1944年4月1日に静村・豊田村と合併しましたが、1949年10月1日には二村が再び分かれています。三町村は1957年4月1日に改めて合併し、栗橋町としてまとまりました。
1954年7月1日には久喜町・太田村・江面村・清久村が合併しました。同年9月1日には菖蒲町・小林村・栢間村・三箇村と大山村の上大崎が新しい菖蒲町をつくりました。1955年1月1日には、鷲宮町と桜田村の一部が合併して北葛飾郡鷲宮町となり、桜田村の中川崎・下川崎は幸手町へ移りました。
久喜町は1971年10月1日に市制を施行しました。2010年3月23日、旧久喜市と菖蒲町・栗橋町・鷲宮町の一市三町が新設合併し、現在の久喜市が生まれました。昭和の合併でまとまった各地区が、平成の合併で一つの市になった形です。
年表
- 1889年4月1日明治22年南埼玉郡に久喜町・太田村・江面村・清久村・菖蒲町・小林村・栢間村・三箇村・大山村・鷲宮村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年北葛飾郡に栗橋町・静村・豊田村・八輪野崎村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1890年八輪野崎村が桜田村に改称した。種類:改称 出典:www.city.kuki.lg.jp
- 1933年4月17日昭和8年鷲宮村が町制を施行し、鷲宮町となった。種類:町制施行 出典:www.city.kuki.lg.jp
- 1944年4月1日昭和19年栗橋町・静村・豊田村が合併し、新しい栗橋町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1949年10月1日昭和24年栗橋町から静村と豊田村が分かれ、再び発足した。種類:分割 出典:www.city.kuki.lg.jp
- 1954年7月1日昭和29年久喜町・太田村・江面村・清久村が合併し、新しい久喜町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年9月1日昭和29年大山村の上大崎が菖蒲町に、柴山・下大崎・荒井新田が白岡町に入った。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1954年9月1日昭和29年菖蒲町・小林村・栢間村・三箇村と大山村の上大崎が合併し、新しい菖蒲町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年桜田村の八甫・西大輪・東大輪・外野・上川崎が鷲宮町に、中川崎・下川崎が幸手町に入った。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年南埼玉郡鷲宮町と北葛飾郡桜田村の八甫・西大輪・東大輪・外野・上川崎が合併し、北葛飾郡鷲宮町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年4月1日昭和32年栗橋町・静村・豊田村が合併し、新しい栗橋町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1971年10月1日昭和46年久喜町が市制を施行し、久喜市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 2010年3月23日平成22年久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町が合併し、新しい久喜市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.kuki.lg.jp/shisei/gaiyo/1005320.html
- www.city.kuki.lg.jp/shisei/gaiyo/hanakiuta/1005328.html
- www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/rekishi_dayori/1013152.html
- www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/rekishi_dayori/1006214.html
- www.city.kuki.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/363/zenpeji2.pd
- ja.wikipedia.org/wiki/南埼玉郡
- ja.wikipedia.org/wiki/北葛飾郡
- www.pref.saitama.lg.jp/documents/278743/n25-01-05.xlsx