今の伊奈町
埼玉県の中南部に位置し、小室村と小針村が合わさって成立した町です。小室には、関東の治水や産業振興に関わった伊奈忠次が館を構えた歴史があります。埼玉新都市交通伊奈線が大宮方面との移動を支え、土地区画整理に伴って住宅地が整えられました。歴史にゆかりのある地域と新しい住宅地が町の姿をつくり、町の花にバラ、木にモクセイを定めています。
今の伊奈町の区域の人口は、2020年の国勢調査で44,841人です。今の区域で数えた1980年の21,005人とくらべると113.5%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.6%です。
主な産業:梨やぶどうなどの果樹、米・野菜と花の栽培が営まれています。
特産品・名産
- 梨町内の果樹園で栽培される果実
- ぶどう町内で栽培され直売も行われる果実
- 桃町内で栽培される落葉果樹
見どころ・祭り
- バラ園(町制施行記念公園)町制施行記念公園内にあるバラ園
- 伊奈氏屋敷跡伊奈忠次ゆかりの県指定史跡
- 無線山・KDDIの森春に桜並木が彩る緑地
木モクセイ花バラ伊奈町の木・花
伊奈町のなりたち
伊奈町(いなまち)は、埼玉県県央地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。小針村・小室村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の伊奈町になりました。
今の名前「伊奈町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の小室村が約9km²だったのに対し、今の伊奈町は約15km²と、およそ1.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北足立郡に属していました。
「伊奈町」という名前
伊奈という町名は、徳川家康に仕えた伊奈備前守忠次の功績にちなみます。忠次は1590年に関東へ移り、小室に館を構えました。代官頭として幕府の直轄地を治め、関東の産業振興や治水に関わりました。1943年、小室村と小針村が合併してできた村は伊奈村と名付けられ、1970年の町制施行後もその名を受け継いでいます。
まちの成り立ち
伊奈町の前身は、北足立郡の小室村と小針村です。小室村は1875年に周辺の八つの村が合わさって成立しました。1889年4月1日の町村制では、小室村がそのまま自治体となり、大針村、羽貫村、小針新宿村、小針内宿村が合併して小針村が発足しました。現在の町域には、二つの村が別々に行政を担った時期があります。
小室には、江戸時代の代官頭である伊奈忠次が館を築いた歴史があります。忠次は幕府の直轄地を治め、治水や産業の振興に関わりました。1943年7月15日、小室村と小針村は合併し、その功績にちなむ伊奈村が誕生しました。二村が合わさったこの時点で、現在につながる自治体の名前が選ばれました。
1970年11月1日、伊奈村は町制を施行して伊奈町となりました。ここで行われたのは合併ではなく、村から町への移行です。その後、1983年に埼玉新都市交通伊奈線が開通し、大宮方面への交通が整いました。土地区画整理も進み、新しい住宅地がつくられました。
小室と小針という二つの村の歩みを基礎に、交通整備と住宅地の形成が重なって今の町になりました。町名は、土地にゆかりのある人物と、その仕事の歴史を現在に伝えています。
年表
- 1889年4月1日明治22年北足立郡小室村が町村制を施行し、大針村、羽貫村、小針新宿村、小針内宿村が合併して小針村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1943年7月15日昭和18年小室村と小針村が合併し、伊奈村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1970年11月1日昭和45年伊奈村が町制を施行して伊奈町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。