今の蓮田市
埼玉県南東部に位置し、元荒川や黒浜沼、見沼代用水の水辺を持つ市です。江戸時代には用水の整備によって稲作が営まれ、明治の蓮田駅開設後に市街地が発展しました。都心への通勤や通学の拠点となる住宅地と、川沿いの緑が広がる地域をあわせ持ちます。黒浜沼には湿地の植物や鳥が生息し、見沼代用水沿いには散策できる道があります。
今の蓮田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で61,499人です。今の区域で数えた1980年の45,594人とくらべると34.9%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.4%です。
主な産業:梨の栽培や、地元の大豆と米を使うみそ加工、純米酒の醸造が行われています。
特産品・名産
- はなみずきみそ市産大豆と米を使った甘みのあるみそ
- 梨幸水や彩玉などが栽培される果物
- 神亀市内の神亀酒造が醸す純米酒
見どころ・祭り
- 黒浜沼湿性植物や多様な野鳥が生息する沼
- 元荒川桜や季節の緑を楽しめる川沿い
- 山ノ神沼遊歩道と湿性植物園を備えた水辺
木ハナミズキ花スイレン蓮田市の木・花
蓮田市のなりたち
蓮田市(はすだし)は、埼玉県利根地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。平野村・黒浜村・綾瀬村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の蓮田市になりました。
今の名前「蓮田市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の綾瀬村が約8km²だったのに対し、今の蓮田市は約27km²と、およそ3.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南埼玉郡に属していました。
「蓮田市」という名前
蓮田の地名には、蓮華院弥陀堂にまつわる伝承があります。743年に当地を訪れた義澄が沼田の蓮の花を見て、堂を蓮華院と名づけたことにちなむという伝承です。また、肥えた土地を表す肥処が変化したという説もあります。1934年には綾瀬村が蓮田へ改称して町となり、その名が1972年の市制施行後も受け継がれています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、南埼玉郡に綾瀬村・黒浜村・平野村が発足しました。綾瀬村には旧蓮田村や閏戸村・貝塚村が入り、黒浜村と平野村はそれぞれ周辺の村々をまとめました。現在の市につながる三つの行政区域が、この時に形づくられました。
1934年10月1日、綾瀬村は蓮田へ名前を変え、同時に町制を施行しました。綾瀬村と蓮田町が合併したのではなく、同じ自治体の改称と町制施行です。1954年5月3日には蓮田町・黒浜村・平野村が新設合併し、改めて蓮田町となりました。
1956年1月1日には岩槻市の川島と馬込の一部が蓮田町へ編入されました。この区域は明治の河合村に属し、1954年の岩槻町への合併と市制施行を経て移ってきた地域です。この一部編入によって、現在につながる行政区域が成立しました。
1972年10月1日に市制を施行し、蓮田市が誕生しました。江戸時代に見沼代用水が整備され、明治には蓮田駅ができた土地は、稲作の地域から住宅地の広がるまちへ変わってきました。黒浜沼や川沿いの自然と、駅周辺の市街地が共存しています。
年表
- 1889年4月1日明治22年南埼玉郡に綾瀬村・黒浜村・平野村と、後に川島と馬込の一部が蓮田町に移る河合村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1934年10月1日昭和9年綾瀬村が蓮田に改称した。種類:改称 出典:www.city.hasuda.saitama.jp
- 1934年10月1日昭和9年蓮田が町制を施行し、蓮田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年5月3日昭和29年蓮田町・黒浜村・平野村が合併し、新しい蓮田町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1954年5月3日昭和29年岩槻町・川通村・柏崎村・新和村・和土村・河合村・慈恩寺村が合併し、新しい岩槻町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年7月1日昭和29年岩槻町が市制を施行し、岩槻市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1956年1月1日昭和31年岩槻市の川島と馬込の一部が蓮田町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1972年10月1日昭和47年蓮田町が市制を施行し、蓮田市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。