埼玉県 › 羽生市

羽生市はにゆうし

1920年には10の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の羽生市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の羽生市

埼玉県北東部に位置し、利根川沿いの平地に広がるまちです。川の水と肥沃な土地を生かして農業が営まれ、周辺には水田や農村の風景が見られます。中心部は羽生駅を通じて東武伊勢崎線と秩父鉄道に結ばれています。古くから織物や衣料の生産にも関わってきました。東部には羽生水郷公園があり、水辺の自然を残す地域と、駅を中心とする市街地が同じ市内にあります。

今の羽生市の区域の人口は、2020年の国勢調査で52,862人です。今の区域で数えた1980年の48,488人とくらべると9.0%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.3%です。

52,862人人口(2020年)
+9.0%1980年からの増減
58.64km²面積(国土地理院)
901人/km²人口密度
31.3%65歳以上の割合
57,4991980199020052020
15歳未満 10.5%15〜64歳 58.2%65歳以上 31.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:藍染や衣料づくりを受け継ぎ、利根川沿いの農地で米やモロヘイヤを育てています。

特産品・名産

  • 武州正藍染職人の技で染める藍色の織物
  • いがまんじゅうまんじゅうを赤飯で包む郷土菓子
  • モロヘイヤ市内で栽培され加工麺にも使われる野菜

見どころ・祭り

  • さいたま水族館荒川にすむ生き物などを展示する水族館
  • 羽生水郷公園水辺の自然に親しめる県営公園
  • キヤッセ羽生農産物の直売や食事を楽しむ農林公園

木モクセイ花フジ羽生市の木・花

羽生市のなりたち

羽生市(はにゆうし)は、埼玉県利根地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。中島村・井泉村・川俣村・新郷村・岩瀬村・須影村・手子林村・村君村・三田ケ谷村・羽生町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の羽生市になりました。

今の名前「羽生市」は、1920年にあった羽生町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の羽生町が約4km²だったのに対し、今の羽生市は約59km²と、およそ13.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北埼玉郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北埼玉郡は2010年(平成22年)3月23日に廃止されました。

101920年の町村の数
5回合併・編入の回数
59km²今の面積
1959年いちばん新しい合併

「羽生市」という名前

「羽生」の名は、埴輪に関係するという説があります。市内には永明寺古墳などの古墳があり、埴輪も出土しています。1478年の太田道灌の手紙には羽生の名が見え、羽生城やその領分の呼び名として広まったと考えられています。1954年に町と6村が合併して市となった際も、羽生町の名前を引き継ぎました。

まちの成り立ち

利根川沿いの羽生は、水を得やすい農耕地として早くから人々が暮らした地域です。1889年(明治22年)4月1日の町村制施行で、羽生町と井泉村、川俣村、新郷村、岩瀬村、須影村、手子林村、村君村、三田ヶ谷村が発足しました。このほか北荻島村と中手子林村は町村組合をつくり、1901年10月25日に合併して中島村となりました。

1943年2月1日、中島村が手子林村に編入されました。昭和の大合併では、1954年9月1日に羽生町、井泉村、川俣村、新郷村、岩瀬村、須影村、手子林村の1町6村が合併し、羽生市が発足しました。羽生町だけが市となり、残る6村が後から加わったのではなく、7町村で新しい市をつくった合併です。

市の誕生時に加わらなかった三田ヶ谷村と村君村は、1955年1月1日に合併して千代田村となりました。千代田村は1959年4月1日に羽生市へ編入され、このとき現在につながる主要な市域がまとまりました。平成の大合併では別の市町村との合併を行わず、単独で存続しました。利根川沿いの農村と、古くから織物や衣料に関わってきた市街地が、現在の羽生市を形づくっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北埼玉郡に羽生町・井泉村・川俣村・新郷村・岩瀬村・須影村・手子林村・村君村・三田ヶ谷村・北荻島村・中手子林村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1901年10月25日明治34年北荻島村と中手子林村が合併し、中島村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1943年2月1日昭和18年中島村が手子林村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  4. 1954年9月1日昭和29年羽生町・井泉村・川俣村・新郷村・岩瀬村・須影村・手子林村が合併し、羽生市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  5. 1955年1月1日昭和30年三田ヶ谷村と村君村が合併し、千代田村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  6. 1959年4月1日昭和34年千代田村が羽生市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

羽生町→羽生市1889〜今
千代田村1955〜1959
村君村1889〜1955
三田ケ谷村1889〜1955
井泉村1889〜1954
川俣村1889〜1954
新郷村1889〜1954
岩瀬村1889〜1954
須影村1889〜1954
手子林村1889〜1954
中島村1901〜1943

参考にした資料