今の北本市
旧中山道沿いの地名と高崎線の駅名を通じて、北本宿から北本へ名称を受け継いだ市です。中丸村と石戸村の新設合併が市域の基盤となり、その後に町制・市制を施行しました。石戸蒲ザクラは市の桜を代表する存在で、桜は市の木に定められています。古くから栽培され、市民に親しまれてきた菊は市の花です。今の市は、中丸と石戸の二つの村から生まれた北本宿村の区域を引き継いでいます。
今の北本市の区域の人口は、2020年の国勢調査で65,201人です。今の区域で数えた1980年の50,888人とくらべると28.1%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.6%です。
主な産業:特産のトマトを育て、トマトを使う菓子やご当地カレーも作られています。
特産品・名産
- 北本トマトカレー北本産トマトを生かしたご当地カレー
- トマト大福トマトの味を生かした大福
- 範頼そば源範頼にちなむ名の十割そば
見どころ・祭り
- 石戸蒲ザクラ東光寺境内にある国天然記念物の桜
- 高尾さくら公園各地から集めた多くの品種の桜がある公園
- 城ヶ谷堤春にソメイヨシノの花が並ぶ堤
木サクラ花キク北本市の木・花
北本市のなりたち
北本市(きたもとし)は、埼玉県県央地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。中丸村・石戸村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の北本市になりました。
今の名前「北本市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の石戸村が約11km²だったのに対し、今の北本市は約20km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北足立郡に属していました。
「北本市」という名前
北本の名は「北本宿」から来ています。同じ北足立郡に二つあった本宿村を区別するため、北にある方を北本宿村と呼びました。この名は1928年に開設された駅に使われ、1943年に石戸村と中丸村が合併した際には、その駅名から北本宿村という名称が採られました。1959年の町制施行時には、呼び名が長いことから「宿」を省いて北本町にしたといわれています。1971年の市制施行でも北本の名を引き継いでいます。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、現在の北本市域には北足立郡の中丸村と石戸村が置かれました。中丸村は東間・北本宿・深井などの村を合わせ、石戸村は石戸宿・荒井・高尾などの村を合わせて発足しています。後の市域の基盤となったのは、この二村でした。
旧中山道が通る地域には、本宿や石戸宿の古い地名が残っています。1928年に北本宿駅が開設されると、その駅名が二村を結ぶ地域の呼び名にもなりました。1943年2月11日、中丸村と石戸村が新設合併し、北本宿村が発足します。町村制以前の北本宿村と、二村の合併で生まれた村は、同じ名前でも区域や成立の時期が異なります。
1959年11月3日には町制を施行し、名称も北本町へ変わりました。その後、1971年11月3日に市制を施行し、北本市となりました。昭和の大合併で別の村を加えたのではなく、1943年にまとまった二村の地域が町、市へと移った流れです。
石戸蒲ザクラに代表される桜や、古くから栽培された菊は、市の木と花の指定につながっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年北足立郡に中丸村と石戸村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1943年2月11日昭和18年中丸村と石戸村が合併し、北本宿村となった。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1959年11月3日昭和34年北本宿村が町制を施行した。種類:町制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1959年11月3日昭和34年町制と同日に名称を北本町へ変更した。種類:改称 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1971年11月3日昭和46年北本町が市制を施行し、北本市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。