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本庄市ほんじようし

1920年には10の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の本庄市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の本庄市

埼玉県の北西部に位置し、北側の利根川沿いの平地から、南側の児玉の山麓まで広がるまちです。本庄は中山道の宿場、児玉は城下をもとに発展した地域で、それぞれに古いまちの面影が残ります。高崎線の本庄駅、上越新幹線の本庄早稲田駅、八高線の児玉駅が地域を結んでいます。市街地や農地、南部の山並みがあり、養蚕や宿場の歴史を伝える文化財も残っています。

今の本庄市の区域の人口は、2020年の国勢調査で78,569人です。今の区域で数えた1980年の72,089人とくらべると9.0%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.3%です。

78,569人人口(2020年)
+9.0%1980年からの増減
89.69km²面積(国土地理院)
876人/km²人口密度
29.3%65歳以上の割合
82,6701980199020052020
15歳未満 11.5%15〜64歳 59.2%65歳以上 29.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:野菜や果樹の栽培が盛んで、宿場町から続く商業とともに地域の暮らしを支えています。

特産品・名産

  • つみっこ小麦粉の団子と野菜を煮る郷土料理
  • 大和芋市内の肥沃な農地で栽培される芋
  • ねぎ首都圏などへ出荷される地元の野菜

見どころ・祭り

  • 本庄早稲田の杜ミュージアム市と早稲田大学が共同開設する博物館
  • 旧本庄商業銀行煉瓦倉庫中山道沿いに残る近代の煉瓦建築
  • 塙保己一記念館本庄出身の国学者の遺品や資料を展示

本庄市のなりたち

本庄市(ほんじようし)は、埼玉県北部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。旭村・仁手村・藤田村・北泉村・金屋村・秋平村・本泉村・共和村・児玉町・本庄町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の本庄市になりました。

今の名前「本庄市」は、1920年にあった本庄町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の本庄町が約8km²だったのに対し、今の本庄市は約90km²と、およそ12.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は児玉郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧児玉町の区域には児玉駅(八高線)があります。

101920年の町村の数
4回合併・編入の回数
90km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「本庄市」という名前

「本庄」は、中世にこの地を本拠とした本庄氏につながる地名です。児玉党の氏名が児玉庄氏から庄氏へ移り、その宗家が本庄氏を名乗りました。本庄城の城下や中山道の本庄宿を経て、町の名前として受け継がれました。2006年に児玉町と新しい市をつくった際も、本庄市の名が採用されています。

まちの成り立ち

本庄は中山道の宿場として、児玉は雉岡城の城下をもとにしたまちとして発展しました。1889年(明治22年)の町村制施行で、本庄宿は本庄町となり、児玉町と八幡山町は合併して児玉町となりました。周辺には藤田村、仁手村、旭村、北泉村、本泉村などが発足しました。当初は複数の村が町村組合をつくった地域もあり、金屋村は1892年、共和村は1900年にまとまっています。

1954年7月1日、本庄町と藤田村、仁手村、旭村、北泉村が合併し、本庄市が発足しました。児玉側では翌1955年3月20日に、児玉町と金屋村、秋平村、本泉村が合併して新たな児玉町となりました。1957年7月18日には両者の間にあった共和村が分割され、今井などが本庄市へ、残る区域が児玉町へ移りました。共和村は、区域ごとに本庄市と児玉町へ分かれて入りました。

2006年1月10日、旧本庄市と児玉町が新設合併し、現在の本庄市が誕生しました。旧市が存続して児玉町を編入したのではなく、両者で新しい市を設けた合併です。北の宿場の市街地と、南の城下や山麓の地域が一つの市にまとまり、児玉の名は地域や駅の名前に受け継がれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、児玉郡に本庄町・藤田村・仁手村・旭村・北泉村・共和村・上真下村・吉田林村・児玉町・金屋村・保木野村・田端村・本泉村、那珂郡に秋平村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1892年9月29日明治25年金屋村・保木野村・田端村が合併し、新たな金屋村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1896年4月1日明治29年郡の再編により、秋平村の所属が那珂郡から児玉郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1900年共和村・上真下村・吉田林村の区域が、一つの共和村にまとまった。種類:その他 出典:Wikipedia
  5. 1954年7月1日昭和29年本庄町・藤田村・仁手村・旭村・北泉村が合併し、本庄市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.honjo.lg.jp
  6. 1955年3月20日昭和30年児玉町・金屋村・秋平村・本泉村が合併し、新たな児玉町が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.honjo.lg.jp
  7. 1957年7月18日昭和32年共和村が分割され、今井と共栄の北共和の区域が本庄市へ、残る区域が児玉町へ編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  8. 2006年1月10日平成18年本庄市と児玉町が合併し、新たな本庄市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

本庄町→本庄市1889〜今
児玉町1889〜2006同じ名前の駅:児玉駅
共和村1900〜1957
金屋村1889〜1955
秋平村1889〜1955
本泉村1889〜1955
旭村1889〜1954
仁手村1889〜1954
藤田村1889〜1954
北泉村1889〜1954

参考にした資料