今の皆野町
埼玉県北西部、秩父地域の東北側に位置する町です。中央を荒川が東へ流れ、その右岸の河岸段丘に市街地が広がります。秩父鉄道や国道の整備が町の発展に関わり、商業や精密機械の製造、ブドウやキノコ類の栽培などが行われています。戦時中の美野町への合併と戦後の分離を経て、周辺の村々を合わせた町で、山々と川沿いの市街地をあわせ持ちます。
今の皆野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,302人です。今の区域で数えた1980年の12,817人とくらべると27.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.6%です。
主な産業:ぶどうや栗などの果樹農業、味噌づくりと、山や滝を生かした観光が営まれています。
特産品・名産
- ちちぶ山ルビー地域で栽培されるぶどう。
- ぽろたん皮がむきやすい栗の品種。
- 味噌町で造られる特産の味。
見どころ・祭り
- 水潜寺秩父札所の結願の寺。
- 秩父華厳の滝岩肌から流れ落ちる滝。
- 美の山公園山頂からの眺望と花を楽しめる公園。
花ネム鳥メジロ皆野町の花・鳥
皆野町のなりたち
皆野町(みなのまち)は、埼玉県秩父地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。金沢村・日野沢村・国神村・三沢村・皆野村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の皆野町になりました。
今の名前「皆野町」は、1920年にあった皆野村の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の皆野村が約9km²だったのに対し、今の皆野町は約64km²と、およそ7.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は秩父郡に属していました。
「皆野町」という名前
皆野の自治体名は、1889年の町村制で発足した皆野村から引き継がれています。1928年に町となった後、戦時中の合併で一度は美野町の一部となりましたが、戦後の分離で皆野町の名が復活しました。1955年の周辺三村との合併でも皆野を町名に採用しています。古い地名そのものの語源ははっきりしていません。現在の町名にも、合併前から使われてきた皆野の名が残っています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、秩父郡に皆野村・国神村・金沢村・日野沢村・三沢村などが発足しました。皆野村は1928年11月1日に町制を施行し、皆野町となりました。
1943年9月8日、皆野町・国神村・金沢村・日野沢村・三沢村・大田村と、白鳥村の下田野を合わせ、美野町が生まれました。戦時中に区域を大きくまとめた合併でしたが、1946年12月1日、美野町は分かれ、皆野町・国神村・金沢村・日野沢村・三沢村・大田村が再び発足しました。皆野町の名前はこの時に復活し、下田野は皆野町の区域となりました。
1955年3月1日には、皆野町・国神村・金沢村・日野沢村の一町三村が新設合併し、新しい皆野町が成立しました。1957年3月31日には三沢村を編入しました。
町の中央を荒川が東へ流れ、右岸の河岸段丘に市街地が広がります。秩父鉄道の開通と国道の整備が、市街地の発展に関わりました。合併と分離を経験した町は、荒川沿いの交通と商業の拠点を持つ地域として、皆野の名を使い続けています。
年表
- 1889年4月1日明治22年秩父郡に皆野村・国神村・金沢村・日野沢村・三沢村・大田村・白鳥村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1928年11月1日昭和3年皆野村が町制を施行し、皆野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1943年9月8日昭和18年白鳥村の下田野が美野町に、岩田・井戸が野上町に、金尾と風布の一部が寄居町に入った。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1943年9月8日昭和18年皆野町・国神村・金沢村・日野沢村・三沢村・大田村と白鳥村の下田野が合併し、美野町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1946年12月1日昭和21年美野町が分かれ、皆野町・国神村・金沢村・日野沢村・三沢村・大田村が再び発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年皆野町・国神村・金沢村・日野沢村が合併し、新しい皆野町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1957年3月31日昭和32年三沢村が皆野町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。