今の新座市
埼玉県南西部で東京都に接し、武蔵野の台地と川沿いの地域を持つ市です。柳瀬川や黒目川が流れ、野火止用水と平林寺の境内林には地域の歴史を伝える水と緑が残ります。川越街道や鉄道沿線を中心に市街地が広がり、都内へ通勤する人々の住宅地となっています。大和田と片山の地域を合わせた市で、都市の暮らしの中にも農地や雑木林の景観が残されています。
今の新座市の区域の人口は、2020年の国勢調査で166,017人です。今の区域で数えた1980年の119,309人とくらべると39.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.1%です。
主な産業:地元の農産物などを生かした麺や菓子づくりが行われています。
特産品・名産
- にんじんうどん新座ブランドに認定されている麺
- ごぼううどん新座ブランドに認定されている麺
- 新座にんじんクッキー新座ブランドに認定されている菓子
見どころ・祭り
- 平林寺武蔵野の雑木林を受け継ぐ禅寺
- 野火止用水1655年に開削された台地の用水路
- 睡足軒の森武蔵野の雑木林と古民家を残す施設
木モミジ花コブシ新座市の木・花
新座市のなりたち
新座市(にいざし)は、埼玉県南西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。大和田町・片山村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の新座市になりました。
今の名前「新座市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の大和田町が約14km²だったのに対し、今の新座市は約23km²と、およそ1.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北足立郡に属していました。
「新座市」という名前
新座の名は、古代から続く郡の名に由来します。758年に武蔵国へ置かれた新羅郡は、後に新倉郡、さらに新座郡と呼ばれるようになりました。その歴史的な名を、1955年に大和田町と片山村が合併してできた新座町が受け継ぎました。郡としての新座は1896年に北足立郡へ統合されましたが、町の名前に復活し、1970年の市制後も新座市として使われています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、大和田町・野火止村・北野村・菅沢村・西堀村が合併して新しい大和田町となりました。同じ新座郡では片山村が自治体として行政を続けました。片山村は、それ以前の1875年に黒目川流域の十か村を合わせた村です。明治の制度のもとで、現在の市域につながる一町一村が並び立ちました。
1896年4月1日の郡の再編で、大和田町と片山村は北足立郡に属するようになりました。川越街道の交通や農村の暮らしに加え、野火止用水や平林寺に関わる歴史が、地域の性格を形づくっていました。
1955年3月1日、大和田町と片山村が合併して新座町が成立しました。古い郡の名を、新しい町の名として採用した合併です。町役場は旧大和田町役場に置かれ、旧片山村役場は支所となりました。
1970年11月1日、新座町が市制を施行して新座市となりました。新座町が別の自治体と合併して市になったのではなく、一つの町が市へ移った流れです。東京に近い住宅都市として発展する一方、平林寺の境内林や野火止用水など、武蔵野の農村に関わる環境も残りました。大和田と片山の二地域を基礎に、生活の場が広がった市です。
年表
- 1889年4月1日明治22年大和田町・野火止村・北野村・菅沢村・西堀村が合併して新座郡大和田町となり、片山村が町村制のもとで発足した。種類:町村制 出典:www.city.niiza.lg.jp
- 1896年4月1日明治29年新座郡が北足立郡に統合され、大和田町と片山村が北足立郡に属した。種類:郡の変更 出典:www.city.niiza.lg.jp
- 1955年3月1日昭和30年大和田町と片山村が合併して北足立郡新座町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1970年11月1日昭和45年新座町が市制を施行して新座市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。