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朝霞市あさかし

1920年には2の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の朝霞市になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の朝霞市

埼玉県南部、武蔵野台地の東側に位置する市です。荒川沿いの低地と台地があり、黒目川が市内を流れます。東武東上線や武蔵野線が通り、朝霞駅や朝霞台・北朝霞駅の周辺には市街地が広がっています。川越街道の宿場の歴史を持つ膝折と、川沿いの内間木の地域を合わせた市で、住宅地や公共施設と水辺、農地の景観が組み合わさっています。

今の朝霞市の区域の人口は、2020年の国勢調査で141,083人です。今の区域で数えた1980年の90,088人とくらべると56.6%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は19.6%です。

141,083人人口(2020年)
+56.6%1980年からの増減
18.34km²面積(国土地理院)
7,693人/km²人口密度
19.6%65歳以上の割合
141,0831980199020052020
15歳未満 13.6%15〜64歳 66.8%65歳以上 19.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業や工業に加え、特産の人参などを栽培する都市近郊農業が営まれています。

特産品・名産

  • 人参市の特産として栽培される野菜
  • あさか道中朝霞ブランドに認定された菓子
  • 木桶仕込み醤油市内で受け継がれる醤油づくりの製品

見どころ・祭り

  • 旧高橋家住宅江戸時代中期の茅葺き農家で国重要文化財
  • 黒目川桜堤春に桜が並ぶ河川沿いの散策地
  • 柊塚古墳6世紀前半の前方後円墳

木ケヤキ花ツツジ朝霞市の木・花

朝霞市のなりたち

朝霞市(あさかし)は、埼玉県南西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。内間木村・膝折村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の朝霞市になりました。

今の名前「朝霞市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の膝折村が約11km²だったのに対し、今の朝霞市は約18km²と、およそ1.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北足立郡に属していました。

21920年の町村の数
2回合併・編入の回数
18km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「朝霞市」という名前

朝霞の名は、1932年に膝折村が町となる際に付けられました。きっかけは東京ゴルフ倶楽部のゴルフ場が当地へ移ることでした。町名は同倶楽部の名誉会長だった朝香宮の名にちなみ、文字を「朝霞」としました。市は、その命名を伝える町名改称許可書を文化財として保存しています。1955年の内間木村との合併後も町名は朝霞で、1967年の市制施行へと受け継がれました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、新座郡に膝折村と内間木村が発足しました。現在の朝霞市の前身となる二つの村です。膝折は川越街道の宿場を持つ地域、内間木は荒川に近い地域として歩みました。1896年の郡の再編で、新座郡の町村は北足立郡に属するようになりました。

1932年5月1日、膝折村は町制を施行して朝霞町となりました。ゴルフ場の移転が、新しい町名を決める契機になりました。その後は軍事施設が置かれ、戦後にはキャンプ朝霞として米軍が使用する時期が続きました。

内間木村の地域は、途中で別の合併を経験しています。1944年2月11日、志木町・宗岡村・水谷村と合併して志紀町となりました。ただし、内間木村の重瀬地区は美笹村へ移っています。志紀町は1948年4月1日に分割され、志木町・宗岡村・水谷村・内間木村に戻りました。

1955年4月1日、朝霞町と内間木村が合併し、新しい朝霞町が成立しました。1967年3月15日には町が市となり、朝霞市が誕生しました。現在の市域は、戦時中の合併と戦後の分割を経て、昭和の大合併で二地域がまとまったものです。宿場、川沿いの農村、基地と住宅地の歴史が重なっています。

年表

  1. 1889年町村制の施行により、新座郡に膝折村と内間木村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.asaka.lg.jp
  2. 1889年4月1日明治22年志木宿が新座郡志木町となり、入間郡に宗岡村・水谷村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.shiki.lg.jp
  3. 1896年4月1日明治29年新座郡が北足立郡に統合され、膝折村・内間木村・志木町が北足立郡に属した。種類:郡の変更 出典:www.city.niiza.lg.jp
  4. 1932年5月1日昭和7年膝折村が町制を施行し、朝霞町となった。種類:町制施行 出典:www.city.asaka.lg.jp
  5. 1944年内間木村の重瀬の区域が美笹村に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.asaka.lg.jp
  6. 1944年2月11日昭和19年志木町・宗岡村・水谷村・内間木村の残る区域が合併して北足立郡志紀町となった。種類:新設合併 出典:www.city.shiki.lg.jp
  7. 1948年4月1日昭和23年志紀町が分割され、北足立郡志木町・宗岡村・水谷村・内間木村となった。種類:分割 出典:www.city.shiki.lg.jp
  8. 1955年4月1日昭和30年朝霞町と内間木村が合併して新しい朝霞町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  9. 1967年3月15日昭和42年朝霞町が市制を施行して朝霞市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

膝折村→朝霞町→朝霞市1889〜今
内間木村1889〜1955

参考にした資料