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士別市しべつし

1920年には3の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の士別市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の士別市

上川地方北部の名寄盆地の南部にあり、天塩川と剣淵川の合流点のあたりに中心市街があります。東部は北見山地、西部の温根別地区は天塩山地に続きます。農業の集散地として発展し、羊のまちとしても知られます。冬の寒さを生かして、自動車やタイヤの寒冷地試験場が置かれています。夏は涼しく、スポーツ合宿に訪れるチームもあります。

今の士別市の区域の人口は、2020年の国勢調査で17,858人です。今の区域で数えた1980年の32,103人とくらべると44.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.3%です。

17,858人人口(2020年)
−44.4%1980年からの増減
1,257.2km²面積(概算)
14人/km²人口密度
41.3%65歳以上の割合
32,1031980199020052020
15歳未満 9.3%15〜64歳 49.4%65歳以上 41.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業、林業、畜産(羊)が中心で、甜菜糖の工場もあります。

特産品・名産

  • サフォークラム市営牧場でサフォーク種を飼育
  • 甜菜糖甜菜糖の工場がある
  • サフォークせんべいトリタ製菓の銘菓

見どころ・祭り

  • 羊と雲の丘めん羊が放牧される高台
  • つくも水郷公園天塩川沿いの公園
  • 岩尾内湖天塩川をせき止めたダム湖
  • かわにしの丘士別剣淵インターの東の丘陵
  • 士別市立博物館1981年開館の博物館

木ナナカマド、アカエゾマツ花エゾノリュウキンカ、コスモス、エゾムラサキツツジ士別市の木・花

士別市のなりたち

士別市(しべつし)は、北海道上川地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。多寄村・上士別村・士別町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の士別市になりました。

今の名前「士別市」は、1920年にあった士別町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の士別町が約171km²だったのに対し、今の士別市は約1,257km²と、およそ7.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は上川郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧多寄村の区域には多寄駅(宗谷本線)があります。

31920年の町村の数
2回合併・編入の回数
1,257km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「士別市」という名前

「士別」は、アイヌ語の「シペッ」(大きい川)に由来するとされています。「シュペツ」(川の岸)と解釈する例もあり、解釈には幅があります。根室管内に同じ読みの標津町があるため、「しべつし」と市を付けたり、漢字から「サムライ士別」と読んだりして区別することがあります。

まちの成り立ち

士別は、1897年(明治30年)6月30日に士別村として置かれ、天塩村の戸長役場に属しました。1898年(明治31年)に宮城県出身の大内勇記が天塩川の岸に住みつき、翌年7月には屯田兵の中隊が移り住んで、開拓が本格的に始まりました。1902年(明治35年)8月に士別村戸長役場が置かれ、1906年(明治39年)4月1日に二級町村制が施行されて士別村となりました。1913年(大正2年)に上士別村が分かれ、1915年(大正4年)11月1日に町制を施行して士別町になりました。周りでは、1927年(昭和2年)に剣淵村から温根別村が、1938年(昭和13年)に風連村から多寄村が、1949年(昭和24年)に上士別村から朝日村が、それぞれ分かれて生まれています。1954年(昭和29年)7月1日、士別町・上士別村・多寄村・温根別村の4町村が合併し、士別市が生まれました。朝日村は1962年(昭和37年)に町となり、2005年(平成17年)9月1日に士別市と朝日町が合併して、今の士別市になりました。

年表

  1. 1906年4月1日明治39年上川郡の士別村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1913年4月1日大正2年士別村の一部(上士別)が分かれ、上士別村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1915年11月1日大正4年士別村が一級町村制のもとで町制を施行し、士別町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  4. 1927年10月1日昭和2年剣淵村の一部が分かれ、二級町村制の温根別村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  5. 1938年4月1日昭和13年風連村の一部(上多寄など)が分かれ、多寄村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  6. 1949年8月20日昭和24年上士別村の一部(字奥士別)が分かれ、朝日村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  7. 1954年7月1日昭和29年士別町・上士別村・多寄村・温根別村が合併し、市制を施行して士別市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  8. 1962年1月1日昭和37年朝日村が町制を施行し、朝日町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  9. 2005年9月1日平成17年士別市と上川郡の朝日町が合併し、新しい士別市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

士別町→士別市1915〜今
朝日村→朝日町1889〜2005
多寄村1889〜1954同じ名前の駅:多寄駅
上士別村1913〜1954
温根別村1889〜1954

参考にした資料