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深川市ふかがわし

1920年には5の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の深川市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の深川市

空知総合振興局の北部にある市で、石狩平野の最北部に位置します。南を除く三方が山に囲まれ、中心部を石狩川が東西に流れて、周りに水田が広がります。北の山間部を雨竜川が南へ流れます。多くの鉄道と道路が集まる北空知の交通の要所で、市内に音江環状列石があります。米づくりが中心の農業のまちで、そばやメロン、長いもも作られています。

今の深川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で20,039人です。今の区域で数えた1980年の35,376人とくらべると43.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.8%です。

20,039人人口(2020年)
−43.4%1980年からの増減
591.5km²面積(概算)
34人/km²人口密度
42.8%65歳以上の割合
35,3761980199020052020
15歳未満 8.2%15〜64歳 49.1%65歳以上 42.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米づくりが中心で、そば・メロン・キュウリ・長いもも作ります。

特産品・名産

  • そば水田の転作で生産が盛んな作物
  • ウロコダンゴ市の名産・特産として挙げられる菓子
  • 深川そばめし市の名産・特産として挙げられる料理

見どころ・祭り

  • 音江環状列石縄文時代の環状列石群。国の史跡
  • 旧鷲田農場事務所市指定の有形文化財
  • 深川市桜山公園旧桜山遊園地にあたる公園
  • 音43号線の銀杏並木旧国道に並ぶ銀杏並木

木シラカンバ花キク鳥カッコウ深川市の木・花・鳥

深川市のなりたち

深川市(ふかがわし)は、北海道空知地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。納内村・一已村・音江村・多度志村・深川町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の深川市になりました。

今の名前「深川市」は、1920年にあった深川町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の深川町が約87km²だったのに対し、今の深川市は約592km²と、およそ6.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は空知郡・雨竜郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧納内村の区域には納内駅(函館本線)があります。旧多度志村の区域には多度志駅(深名線)があります。

51920年の町村の数
2回合併・編入の回数
592km²今の面積
1970年いちばん新しい合併

「深川市」という名前

「深川」は、市街の北を流れる大鳳川のアイヌ語名「オオホナイ」(深い川)を意訳した名とする説があります。大鳳川は、深川原野の中心を流れる最も長い川でした。今の市街地は、もとはアイヌ語で湧き水の池を表す「メㇺ」と呼ばれていました。

まちの成り立ち

深川は、1890年(明治23年)に華族組合農場に指定され、1892年(明治25年)に雨竜郡深川村が置かれました。三条公爵、蜂須賀侯爵、菊亭侯爵による農場の開拓と、屯田兵の入植で市街地ができます。1895年(明治28年)6月1日に新十津川村戸長役場から分かれ、深川村戸長役場が置かれました。1898年(明治31年)には空知太から旭川までの鉄道が通り、深川駅と納内駅が開業しました。1901年(明治34年)には一已村と秩父別村を分けています。1902年に二級町村制、1907年に一級町村制が施行され、1918年(大正7年)1月1日に町制を施行して深川町になりました。1962年(昭和37年)5月1日には多度志村が町制を施行して多度志町となります。1963年(昭和38年)5月1日、深川町・一已村・納内村・音江村が廃止されて、深川市が新設されました。1970年(昭和45年)4月1日には多度志町を編入しています。市の中心部は石狩川の沿岸にあり、米づくりが盛んです。

年表

  1. 1902年4月1日明治35年雨竜郡の深川村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1906年4月1日明治39年雨竜郡の一已村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  3. 1907年4月1日明治40年深川村が一級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  4. 1909年4月1日明治42年雨竜郡の音江村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  5. 1915年4月1日大正4年一已村から多度志村が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  6. 1918年1月1日大正7年深川村が町制を施行し、深川町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  7. 1920年6月1日大正9年一已村から納内村が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  8. 1923年1月1日大正12年深川町から妹背牛村が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  9. 1962年5月1日昭和37年多度志村が町制を施行し、多度志町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  10. 1963年5月1日昭和38年深川町・一已村・納内村・音江村が合併し、深川市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  11. 1970年4月1日昭和45年多度志町が深川市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

深川町→深川市1918〜今
多度志村→多度志町1915〜1970同じ名前の駅:多度志駅
納内村1889〜1963同じ名前の駅:納内駅
一已村1906〜1963
音江村1909〜1963

参考にした資料