今の小平町
留萌振興局管内の南部、日本海沿岸にある留萌郡の町です。小平蘂川の上中流域は白亜紀の化石の産地で、夏は臼谷や鬼鹿の海岸が海水浴客で賑わいます。かつては留萌炭田の産炭地でした。沿岸漁業と農業が主要産業で、ミズダコやウニも水揚げされます。国の重要文化財の旧花田家番屋が道の駅おびら鰊番屋に保存されています。
今の小平町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,994人です。今の区域で数えた1980年の6,474人とくらべると53.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.1%です。
主な産業:沿岸漁業と農業が主要産業です。メロンや花卉、ホタテ養殖があります。
特産品・名産
- アイボリーメロン道内では小平町のみで生産
- ミズダコ町の水揚げ。タコ箱漁がある
- ウニ夏に町内で味わえる
見どころ・祭り
- 旧花田家番屋国の重要文化財の鰊番屋
- 道の駅おびら鰊番屋2015年4月に開業
- 小平蘂川の化石白亜紀の化石の産地
- 臼谷・鬼鹿の海水浴場夏に海水浴客が訪れる
木イチイ花ツツジ小平町の木・花
小平町のなりたち
小平町(おびらちょう)は、北海道留萌地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。小平蘂村・鬼鹿村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の小平町になりました。
今の名前「小平町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は留萌郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧鬼鹿村の区域には鬼鹿駅(羽幌線)があります。
「小平町」という名前
「小平」は、町の中央を流れる小平蘂川のアイヌ語名「オピラウㇱペッ」(河口に・崖・ある・川の意)に由来し、当初は自治体名も小平蘂(おびらしべ)でした。1927年(昭和2年)の鉄道開業のとき、駅名が字画が多いとして「蘂」を略した「小平」になり、1948年(昭和23年)1月1日に自治体名も小平村に改まりました。
まちの成り立ち
小平では、1782年(天明2年)に松前藩が臼谷と広富でニシンとサケの漁を営みました。1787年(天明7年)に紀伊国出身の栖原角兵衛が臼谷でニシン漁を始めたのが、内地の人の居住の始めとされています。1880年(明治13年)に天登雁村と鬼鹿村の戸長役場が置かれ、1906年(明治39年)に天登雁村が鬼鹿村に併合されて、二級町村制の鬼鹿村となりました。1919年(大正8年)7月1日に留萌町の小平蘂・臼谷・鬼泊の区域で二級町村制が施行され、小平蘂村が発足しました。1924年(大正13年)に役場庁舎が臼谷から小平の市街地に移り、1948年(昭和23年)1月1日に小平村と改称しました。1956年(昭和31年)9月30日に鬼鹿村を編入しました。1966年(昭和41年)9月1日に町制を施行して小平町になりました。留萌炭田の産炭地として栄え、1947年(昭和22年)ごろに最盛期を迎えましたが、昭和40年代までに炭鉱は次々に閉山しました。
年表
- 1906年4月1日明治39年天登雁村が鬼鹿村に併合され、鬼鹿村に北海道二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1919年7月1日大正8年留萌町の大字三泊村のうち小平蘂・臼谷・鬼泊の区域で北海道二級町村制が施行され、小平蘂村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1948年1月1日昭和23年小平蘂村が名を小平村に改めた。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年鬼鹿村が小平村に編入された。種類:編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1966年9月1日昭和41年小平村が町制を施行し、小平町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。