今の苫前町
留萌地方の中ほどにあり、日本海に面する町です。国道232号の沿線には、北海道でも最大級とされる風力発電の風車群が並びます。沿岸漁業、農業、酪農、林業が主な産業で、農業では米がつくられています。町内には苫前町郷土資料館があり、修羅(船材の運搬具)や須恵器などを所蔵しています。1915年には三毛別羆事件が起きた土地でもあります。
今の苫前町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,936人です。今の区域で数えた1980年の6,528人とくらべると55.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.4%です。
主な産業:沿岸漁業、農業(米)、酪農、林業が主な産業です。
特産品・名産
- 米町の農業で作られる主な作物
見どころ・祭り
- 苫前夕陽ヶ丘風力発電所日本海沿いに並ぶ風車群
- 三毛別羆事件復元地1915年の事件の現場を再現した場所
- とままえ温泉ふわっと町の温泉施設
- 古丹別緑ヶ丘公園古丹別地区の公園
- 苫前町郷土資料館町の歴史資料を所蔵
木ナナカマド花エゾエンゴサク苫前町の木・花
苫前町のなりたち
苫前町(とままえちょう)は、北海道留萌地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに苫前村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は苫前郡に属していました。
「苫前町」という名前
「苫前」は、アイヌ語の「トマ・オマ・イ」(エゾエンゴサクのあるところ)に由来します。エゾエンゴサクは、春に青い花を咲かせる草です。この草が多く生えていた土地の呼び名が、のちに村の名になったとされます。1902年(明治35年)に二級町村制の苫前村となり、1948年(昭和23年)に町制を施行して苫前町になりました。今はエゾエンゴサクが町の花になっています。
まちの成り立ち
苫前では、1804年(文化元年)に紀伊国出身の栖原角兵衛が漁業のために居を構えたのが、開拓の始まりとされます。幕末の1860年(万延元年)に庄内藩の領地となると、藩士らが古丹別川のほとりに農民を移して開墾を進めました。1869年(明治2年)に水戸藩の支配となり、漁民17戸70人が移り住んで、その後も人が増えていきました。1880年(明治13年)に苫前外2村戸長役場が置かれ、同じ年に焼尻・天売の島々の村が分けられました。1894年(明治27年)には白志泊村を苫前村に併せ、北部を羽幌村として分けています。1902年(明治35年)4月1日に力昼村を併せて二級町村制を施行し、1915年(大正4年)に一級町村制となりました。1915年(大正4年)の冬には、古丹別川の上流の三毛別で、ヒグマが開拓民を襲う事件が起きています。1948年(昭和23年)10月1日に町制を施行して苫前町になりました。今は日本海沿いの風車群が町の景色になっています。
年表
- 1902年4月1日明治35年苫前郡の苫前村が力昼村を併せて二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1915年4月1日大正4年苫前村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1948年10月1日昭和23年苫前村が町制を施行し、苫前町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。