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幌加内町ほろかないちょう

幌加内町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の幌加内町

上川総合振興局の最西部にあり、南北に長く、四方を山に囲まれた町です。北部に日本最大の人造湖とされる朱鞠内湖があり、そこから石狩川水系の雨竜川が南へ流れます。町内にはピッシリ山や三頭山などの山があり、幌加内川や雨煙別川も流れます。基幹産業は稲作と畑作を中心とする農業と酪農です。そばの作付面積と収穫量は日本一とされています。

今の幌加内町の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,370人です。今の区域で数えた1980年の3,740人とくらべると63.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.8%です。

1,370人人口(2020年)
−63.4%1980年からの増減
863.2km²面積(概算)
2人/km²人口密度
40.8%65歳以上の割合
3,7401980199020052020
15歳未満 8.8%15〜64歳 50.4%65歳以上 40.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業(稲作・畑作・そば)と酪農が基幹産業です。

特産品・名産

  • 幌加内そば作付面積・収穫量が日本一のそば
  • ほろみのり幌加内で生まれたそばの品種
  • 米稲作が基幹産業の一つ

見どころ・祭り

  • 朱鞠内湖日本最大の人造湖
  • せいわ温泉ルオント町内の温泉
  • 百年記念公園町内の公園
  • ほろかない湖公園町内の公園
  • 国設ほろたちスキー場町内のスキー場

木ナナカマド花カタクリ鳥アカゲラ幌加内町の木・花・鳥

幌加内町のなりたち

幌加内町(ほろかないちょう)は、北海道上川地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに幌加内村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は雨竜郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
863km²今の面積

「幌加内町」という名前

「幌加内」は、アイヌ語の「ホロカナイ」(逆戻りする川)に由来するとされています。町の南部を流れる幌加内川を指した呼び名です。この川の名が地域の名となり、1918年(大正7年)に幌加内村戸長役場が置かれました。1923年(大正12年)に二級町村制の幌加内村となり、1959年(昭和34年)に町制を施行して幌加内町になりました。

まちの成り立ち

幌加内の開拓は、1897年(明治30年)8月に奈良県出身の吉田三郎ら4戸が、農業を目的に幌加内原野へ移り住んだことに始まります。翌年には富山県や奈良県からも入植者が続きました。はじめは雨竜郡北竜村、のちに上北竜村(今の沼田町)の一部でした。1918年(大正7年)4月3日、上北竜村から分かれて幌加内村戸長役場が置かれ、1923年(大正12年)4月1日に二級町村制が施行されて幌加内村になりました。その後、鉄道の深名線が町を縦に通り、北部の開発も進みました。北部では雨竜川をせき止めたダムによって、人造湖の朱鞠内湖が生まれています。1959年(昭和34年)9月1日に町制を施行して幌加内町になりました。今の幌加内町は、そばの作付面積と収穫量が日本一の町として知られ、毎年夏の終わりには新そば祭りが開かれます。夏には朱鞠内湖湖水祭りも開かれ、湖は町の観光の中心になっています。

年表

  1. 1918年4月3日大正7年雨竜郡の上北竜村から分かれて、幌加内村戸長役場が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1923年4月1日大正12年雨竜郡の幌加内村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  3. 1959年9月1日昭和34年幌加内村が町制を施行し、幌加内町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

幌加内村→幌加内町1889〜今

参考にした資料