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名寄市なよろし

1920年には3の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の名寄市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の名寄市

上川地方北部の名寄盆地にある市で、塩狩峠より北の中心都市です。天塩川と名寄川が流れ、農産物の集散地として発展してきました。国鉄の名寄本線と深名線が分かれる鉄道の町でもありました。農業が基幹産業で、もち米の産地として知られます。冬は寒さが厳しく、タイヤの試験コースが置かれています。市が所有するスキー場もあります。

今の名寄市の区域の人口は、2020年の国勢調査で27,282人です。今の区域で数えた1980年の42,222人とくらべると35.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.4%です。

27,282人人口(2020年)
−35.4%1980年からの増減
603.4km²面積(概算)
45人/km²人口密度
32.4%65歳以上の割合
42,2221980199020052020
15歳未満 11.2%15〜64歳 56.4%65歳以上 32.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業が基幹産業で、もち米のほかアスパラガスやカボチャも栽培されます。

特産品・名産

  • もち米大規模なもち米産地として最北
  • アスパラガス市内で生産が盛ん
  • カボチャ市内で生産が盛ん

見どころ・祭り

  • なよろ市立天文台きたすばる大型の光学望遠鏡がある天文台
  • 名寄ピヤシリスキー場市所有のスキー場
  • 名寄市北国博物館キマロキ編成を展示
  • なよろ温泉サンピラー市内の温泉
  • なよろひまわり畑ヒマワリの畑

木シラカンバ花オオバナノエンレイソウ鳥アカゲラ名寄市の木・花・鳥

名寄市のなりたち

名寄市(なよろし)は、北海道上川地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。下名寄村・風連村・名寄町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の名寄市になりました。

今の名前「名寄市」は、1920年にあった名寄町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は上川郡・中川郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧風連村の区域には風連駅(宗谷本線)があります。

31920年の町村の数
2回合併・編入の回数
603km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「名寄市」という名前

「名寄」は、アイヌ語の「ナイオロプト」(渓流が注ぐ口)が変化した名とされ、名寄川が天塩川に注ぐところに由来します。江戸時代の後期から、探検家や役人が残した文献には「ナヨロフト」「ナヨロ」などの表記が見られます。和人が入ったのち「名寄」の字が当てられましたが、その経緯ははっきりしていません。

まちの成り立ち

名寄では、1897年(明治30年)6月30日に上名寄村が置かれました。1900年(明治33年)には山形・越中・相馬の団体が入植し、これが開拓の始まりとされています。1909年(明治42年)4月1日に二級町村制が施行され、1915年(大正4年)には一級町村制となって、11月1日に上名寄村は名寄町と名前を改めました。1924年(大正13年)には東部が下川村として分かれています。南の多寄村は1938年(昭和13年)に風連村と名前を改め、1953年(昭和28年)に風連町となりました。北の智恵文村は、1920年(大正9年)に下名寄村(今の美深町)から分かれてできた村です。1954年(昭和29年)8月1日、名寄町と智恵文村が合併して新しい名寄町が生まれ、1956年(昭和31年)4月1日に市制を施行して名寄市になりました。名寄は宗谷本線と名寄本線、深名線が集まる鉄道のまちとして栄えました。2006年(平成18年)3月27日には名寄市と風連町が合併し、今の名寄市が生まれています。

年表

  1. 1909年4月1日明治42年上川郡の上名寄村と多寄村に、それぞれ二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1915年4月1日大正4年中川郡の下名寄村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1915年11月1日大正4年上名寄村が一級町村制のもとで名前を改め、名寄町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  4. 1920年6月1日大正9年下名寄村の一部が分かれて智恵文村が発足し、残る下名寄村は美深村に改称した。種類:分割 出典:Wikipedia
  5. 1924年1月1日大正13年名寄町の一部(名寄原野11線以東)が分かれ、下川村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  6. 1938年2月6日昭和13年多寄村が名前を改め、風連村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  7. 1938年4月1日昭和13年風連村の一部(上多寄など)が分かれ、多寄村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  8. 1953年8月1日昭和28年風連村が町制を施行し、風連町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  9. 1954年8月1日昭和29年上川郡の名寄町と中川郡の智恵文村が合併し、新しい名寄町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  10. 1956年4月1日昭和31年名寄町が市制を施行し、名寄市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  11. 2006年3月27日平成18年名寄市と上川郡の風連町が合併し、新しい名寄市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

名寄町→名寄市1915〜今
風連村→風連町1889〜2006同じ名前の駅:風連駅
智恵文村1889〜1954同じ名前の駅:智恵文駅
下名寄村1915〜1920

参考にした資料