今の下川町
上川地方の北部、天塩国上川郡にある町です。北見山地と天塩山地に囲まれた名寄盆地の東の縁にあり、名寄川の上流部にあたります。町域は北見山地の斜面が大半を占めます。酪農が盛んで、フルーツトマトなどが作られます。五味温泉があります。森林を活用する取り組みでも知られ、木質チップのボイラーでハウスを温めています。
今の下川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,126人です。今の区域で数えた1980年の7,173人とくらべると56.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.7%です。
主な産業:酪農、トマトなどの野菜栽培、林業が営まれています。
特産品・名産
- フルーツトマト糖度の高いトマト。バイオマスで通年栽培
- トマトジュース「ふるさとの元気」の名で販売
- トドマツのアロマ枝葉から抽出したアロマ製品
見どころ・祭り
- ミニ万里の長城毎年5月に万里長城祭が開かれる
- 五味温泉1905年に見つかった温泉
- アイスキャンドルミュージアム毎年2月の催し
- 下川鳴る石町指定の天然記念物
木トドマツ花エゾリンドウ下川町の木・花
下川町のなりたち
下川町(しもかわちょう)は、北海道上川地方の町です。
1920年の時点で、この区域の町村は上川郡に属していました。
「下川町」という名前
「下川」は、名寄川に流れ込む二つの支流のうち、「パンケヌカナン」(下流のヌカナン川の意)を「下の川」と意訳した名とされます。もう一つの支流は「ペンケヌカナン」(上流のヌカナン川の意)です。「ヌカナン」の意味は、今ではわからなくなっています。1924年(大正13年)に名寄町から分かれて下川村が発足し、1949年(昭和24年)に町制を施行して下川町になりました。
まちの成り立ち
下川の地は、1888年(明治21年)に名寄川沿いの原野に殖民区画が設定されて、開拓の準備が始まりました。1901年(明治34年)に、岐阜県の高鷲村と北濃村から25戸の開拓団が名寄原野に集団移住しました。これが開拓の元年とされています。1902年(明治35年)4月1日に上名寄村他2か村戸長役場が置かれ、1905年(明治38年)に駅逓所が「下川駅逓」と改称されました。これが下川の呼称の最初です。同じ年に五味温泉が見つかっています。1909年(明治42年)に二級町村制の上名寄村となり、1915年(大正4年)に一級町村制で名寄町になりました。1919年(大正8年)10月20日には名寄線の名寄と下川の間が開通しました。1924年(大正13年)1月1日に名寄町から名寄原野の11線以東が分村して、二級町村制の下川村が発足しました。1949年(昭和24年)12月1日に町制を施行して下川町になり、1984年(昭和59年)4月1日に町全域で字名が改められました。
年表
- 1924年1月1日大正13年名寄町から名寄原野11線以東が分かれて北海道二級町村制を施行し、下川村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1949年12月1日昭和24年下川村が町制を施行し、下川町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。