今の安平町
胆振地方の北東部にある勇払郡の町です。勇払平野から夕張山地や馬追丘陵へ続く丘陵地にあり、安平川が中心部を流れます。南西は遠浅川で苫小牧市と隔てられ、北西は千歳市、北から東は由仁町、南東は厚真町に接します。農業が基幹産業で、遠浅地区の乳牛生産やメロン、競走馬の生産が行われています。鹿公園や鶴の湯温泉などの観光地があります。
今の安平町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,340人です。今の区域で数えた1980年の11,258人とくらべると34.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.0%です。
主な産業:農業が基幹産業で、乳牛・メロン・競走馬の生産が行われています。
特産品・名産
- アサヒメロン町のメロンのブランド名
- 乳牛遠浅地区で改良された牛
- 競走馬町内で生産が行われている
見どころ・祭り
- 安平町鹿公園町内の公園
- 鶴の湯温泉町内の温泉
- 鉄道資料館冬期は休館
- 瑞穂ダム町内のダム
安平町のなりたち
安平町(あびらちょう)は、北海道胆振地方の町です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では安平村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は勇払郡に属していました。
「安平町」という名前
「安平」は、アイヌ語の「アラ・ピラ・ベツ」(片側が崖になっている川の意)が変わったものと言われています。2006年(平成18年)3月27日に早来町と追分町が合わさって発足した町で、新しい町名は住民から公募して決められました。最終候補には「東ちとせ町」「安平町」「新あびら町」が残りました。
まちの成り立ち
安平では、1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道の岩見沢と輪西の間が開通して追分停車場が開設され、1895年(明治28年)には鳥取県の人たちが団体で字支安平に移住しました。1900年(明治33年)6月1日に勇払村と植苗村から分かれて、安平村戸長役場が置かれました。1906年(明治39年)4月1日に二級町村制を施行して安平村となり、1923年(大正12年)4月1日に一級町村制となりました。1952年(昭和27年)8月1日に追分村が分かれ、1953年(昭和28年)10月1日に町制を施行して追分町になりました。安平村は1954年(昭和29年)10月1日に早来村へ改称し、1957年(昭和32年)1月1日に町制を施行して早来町になりました。2006年(平成18年)3月27日、早来町と追分町が新設合併して安平町が発足しました。新しい町名は住民から公募して合併協議会で決められ、旧町名は使われませんでした。町の中心部を安平川が流れています。
年表
- 1906年4月1日明治39年安平村戸長役場の区域で北海道二級町村制が施行され、安平村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年4月1日大正12年安平村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1952年8月1日昭和27年安平村から追分村が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1953年10月1日昭和28年追分村が町制を施行し、追分町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1954年10月1日昭和29年安平村が早来村と改称した。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1957年1月1日昭和32年早来村が町制を施行し、早来町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 2006年3月27日平成18年早来町と追分町が合併し、安平町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。