今の栗山町
北海道中西部、空知総合振興局の南部にある町です。夕張川の流域に平らな土地が広がり、栗山公園やオオムラサキ館がある御大師山の丘があります。酒造会社の小林酒造があり、日本酒「北の錦」が造られています。町内ではメロンの栽培も行われ、国蝶オオムラサキを観察できる飼育舎があります。小林酒造に関わる13件の建物が登録有形文化財になっています。
今の栗山町の区域の人口は、2020年の国勢調査で11,272人です。今の区域で数えた1980年の17,482人とくらべると35.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.2%です。
主な産業:農業や、小林酒造の酒造りを中心とした食品製造業が営まれています。
特産品・名産
- 北の錦小林酒造の日本酒
- 日原メロン町内の農園のメロン
- マロンソース「北の栗から」町のお土産として紹介される
見どころ・祭り
- 栗山公園SL広場や桜並木がある公園
- オオムラサキ館国蝶オオムラサキを観察できる施設
- 北の錦記念館小林酒造の旧本社事務所
- 小林家小林酒造の創業家の住宅。登録有形文化財
木栗花ユリ栗山町の木・花
栗山町のなりたち
栗山町(くりやまちょう)は、北海道空知地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに角田村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は夕張郡に属していました。
「栗山町」という名前
もとの村名は「角田(かくた)」で、開拓した旧仙台藩の角田藩士たちの故郷の名にちなんでつけられました。その後、1949年(昭和24年)に市街の名の「栗山」を取って、栗山町と改めました。「栗山」はアイヌ語の「ヤム・ニ・ウシ」に由来し、「栗の木が茂っているところ」を意味します。
まちの成り立ち
栗山の開拓は、1888年(明治21年)に旧仙台藩士の泉麟太郎が夕張開墾起業組合を作り、24名を連れて阿野呂川の左岸に入ったことに始まります。この人々は角田藩主の石川光親の一族とともに移り住みました。1890年(明治23年)に角田村が設置され、1900年(明治33年)7月1日に角田村戸長役場が置かれました。1902年(明治35年)4月1日に二級町村制を施行して角田村となり、1907年(明治40年)4月1日に一級町村制になっています。1906年には栗沢村との境界が改められ、字雨煙別が角田村に入りました。1949年(昭和24年)4月1日、町制を施行すると同時に角田村は栗山町と改称しました。同じ年の7月には長沼村との境界が改められ、字富士の部分が分けられています。役場の庁舎は1963年(昭和38年)に角田から栗山へ移りました。1967年(昭和42年)4月1日には夕張市との境界が改められています。町には小林酒造があり、日本酒が造られています。
年表
- 1890年5月8日明治23年夕張郡に角田村が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1897年7月1日明治30年登川村との境界変更で、字阿野呂・南学田・御園・南角田・円山・滝下が角田村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1900年7月1日明治33年角田村戸長役場が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1902年4月1日明治35年角田村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1906年4月13日明治39年栗沢村との境界変更で、字雨煙別が角田村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1907年4月1日明治40年角田村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1949年4月1日昭和24年角田村が町制を施行し、栗山町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1949年7月1日昭和24年長沼村との境界変更で、字富士が長沼村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1967年4月1日昭和42年夕張市との境界変更で、字日出の一部を交換した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。