今の千歳市
石狩振興局にあり、札幌都市圏に含まれる市です。市域は東西に長く、西部は支笏湖を含む山岳地帯で支笏洞爺国立公園に指定されています。市街地は石狩平野の南部にある標高15メートル前後の低地に広がります。古くは太平洋と日本海を結ぶ「シコツ越え」の要衝でした。今は新千歳空港があり、自衛隊の基地も置かれています。サケ・マスのふ化放流も行われています。
今の千歳市の区域の人口は、2020年の国勢調査で97,950人です。今の区域で数えた1980年の66,788人とくらべると46.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.2%です。
主な産業:製造業や空港関連の産業が中心で、小麦・てん菜・大豆などの農業もあります。
特産品・名産
- ヒメマス1996年に市の魚に制定された
- サケ1996年に市の魚に制定された
- 小麦作付面積の大きい作物の一つ
見どころ・祭り
- 支笏湖支笏洞爺国立公園の湖
- 新千歳空港北海道の空の玄関口
- ウサクマイ遺跡群市内の遺跡群
- キウス周堤墓群東部にある遺跡
- 青葉公園市街地エリアの公園
木シラカバ、カツラ花ツツジ、ハナショウブ鳥ヤマセミ千歳市の木・花・鳥
千歳市のなりたち
千歳市(ちとせし)は、北海道石狩地方の市です。1920年(大正9年)の時点ですでに千歳村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい市です。
1920年の時点で、この区域の町村は千歳郡に属していました。
「千歳市」という名前
「千歳」の旧地名は、アイヌ語の「シコツ」(大きなくぼ地)でした。1805年(文化2年)、この地が鶴の生息地であることから、「鶴は千年」の故事にちなんで、箱館奉行の羽太正養が「千歳」と命名したとされています。千歳川はアイヌ語で「シコッペッ」(大きい・窪み・川)と呼ばれ、この地方もそこから「シコッ」と呼ばれていたとされます。1942年に千歳村が町制を施行して千歳町となり、1958年に千歳市になりました。
まちの成り立ち
1880年(明治13年)3月、勇払郡役場の管轄から独立して、千歳郡千歳村外5村戸長役場が置かれました。1873年(明治6年)には札幌本道が開通して開拓使の駅逓所が開設され、1888年(明治21年)にはさけ・ますふ化場ができています。1897年(明治30年)7月には千歳村の一部が長沼村に分けられ、千歳村外3村戸長役場が設置されています。1915年(大正4年)4月1日、千歳村・蘭越村・烏柵舞村・長都村が合わさって千歳村となり、二級町村制が施行されました。1934年(昭和9年)に千歳飛行場が完成し、1939年(昭和14年)4月1日に一級町村制へ移りました。1942年(昭和17年)5月1日に町制を施行して千歳町となります。戦後は1954年(昭和29年)に陸上自衛隊東千歳駐屯地、1957年(昭和32年)に航空自衛隊千歳基地が開かれました。1958年(昭和33年)7月1日に市制を施行し、千歳市になりました。市制施行のあと、ほかの市町村との合併はありません。
年表
- 1880年3月明治13年勇払郡役場の管轄から分かれて、千歳郡千歳村外5村戸長役場が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1896年4月明治29年千歳村外5村戸長役場から島松村外1村が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1897年7月明治30年千歳村の一部が長沼村に移った。同じ月に千歳村外3村戸長役場が置かれた。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1898年9月28日明治31年千歳村と長都村の境界が変更された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1915年4月1日大正4年千歳郡の千歳村・蘭越村・烏柵舞村・長都村が合わさって千歳村となり、二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1939年4月1日昭和14年千歳村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1942年5月1日昭和17年千歳村が町制を施行し、千歳町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1958年7月1日昭和33年千歳町が市制を施行し、千歳市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。