今の白老町
胆振総合振興局の管内で、ほぼ中央に位置する、東西に細長い町です。南は太平洋に面し、北には樽前山や白老岳、オロフレ山などが連なり、大部分が国有林で支笏洞爺国立公園に含まれます。東端は別々川で苫小牧市に、西端は伏古別川で登別市に接します。ポロト湖畔にアイヌ文化の復興と発展の拠点であるウポポイがあります。畜産や漁業が盛んで、白老牛や虎杖浜たらこが知られます。
今の白老町の区域の人口は、2020年の国勢調査で16,212人です。今の区域で数えた1980年の24,168人とくらべると32.9%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.9%です。
主な産業:黒毛和種などの畜産、鶏卵、漁業、林業と、製紙などの工業があります。
特産品・名産
- 白老牛2006年に商標登録された地域ブランド
- 虎杖浜たらこ地域団体商標になっているたらこ
- 毛ガニ町の魚介類の素材のひとつ
見どころ・祭り
- 民族共生象徴空間(ウポポイ)ポロト湖畔のアイヌ文化の施設
- 白老仙台藩陣屋跡国の史跡
- 倶多楽湖日本の重要湿地500に選ばれた湖
- インクラの滝日本の滝百選
- 虎杖浜温泉太平洋に面した温泉地
木ナナカマド花エゾヤマハギ白老町の木・花
白老町のなりたち
白老町(しらおいちょう)は、北海道胆振地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに白老村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は白老郡に属していました。
「白老町」という名前
「白老」は、アイヌ語の「シラウオイ」(アブの多いところ)が変化した名とされています。「シララオイ」(潮汐の多いところ)とする解釈もあります。アイヌの人々が白老のウトカンベツ川付近に集落をつくり、そこへ和人が年々移り住みました。
まちの成り立ち
1856年(安政3年)に仙台藩が白老に陣屋を置きました。1872年(明治5年)には開拓使白老出張所が置かれ、郵便局も設けられて移住者が急に増えました。移民の多くは農業や水産業に就き、今のまちの基礎を築きました。1880年(明治13年)2月に白老村戸長役場が設置されました。1892年(明治25年)には北海道炭礦鉄道が開通して白老駅が開設されました。1919年(大正8年)4月1日に二級町村制を施行し、白老・敷生・社台の3村が合わさって白老村が発足しました。1939年(昭和14年)の字名地番改正で、森野・社台・白老・石山・萩野・竹浦・虎杖浜の7字になっています。1954年(昭和29年)11月1日に町制を施行して白老町となりました。1960年(昭和35年)には製紙工場が一部操業を始め、1965年(昭和40年)に全面操業となりました。1965年にはアイヌコタンがポロト湖畔に移りました。その後、ほかの市町村と合併したことはありません。
年表
- 1880年2月明治13年白老郡に白老村戸長役場が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1919年4月1日大正8年白老郡の白老村・敷生村・社台村の区域で二級町村制が施行され、白老村となった。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1954年11月1日昭和29年白老村が町制を施行し、白老町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。