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沼田町ぬまたちょう

沼田町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の沼田町

空知地方の北部、雨竜川の北岸にある町です。南部は平野で、三方を山に囲まれています。町内には幌新太刀別川が流れ、ポロピリ湖があります。基幹産業は稲作を中心とする農業です。1970年代の初めまでは炭鉱があり、石炭を産出していました。町内では化石も産出し、化石の展示や体験ができる施設があります。夏にはホタルの観賞ができる場所もあります。

今の沼田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,909人です。今の区域で数えた1980年の6,207人とくらべると53.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.6%です。

2,909人人口(2020年)
−53.1%1980年からの増減
316.9km²面積(概算)
9人/km²人口密度
42.6%65歳以上の割合
6,2071980199020052020
15歳未満 8.8%15〜64歳 48.5%65歳以上 42.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:稲作を中心とする農業が基幹産業です。

特産品・名産

  • 雪中米町の特産品の米
  • 北のほたる完熟トマトのジュース
  • 雪中しいたけ町の特産品

見どころ・祭り

  • 沼田町化石体験館化石の展示や体験ができる
  • 夜高あんどん祭り8月に開かれる大きなあんどんの祭り
  • 幌新温泉ほたる館幌新地区の温泉
  • クラウス15号蒸気機関車町の文化財
  • 本願寺駅逓北海道指定の有形文化財

木イチイ花ツツジ沼田町の木・花

沼田町のなりたち

沼田町(ぬまたちょう)は、北海道空知地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに上北竜村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は雨竜郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
317km²今の面積

「沼田町」という名前

「沼田」は人名に由来します。1894年(明治27年)に富山県出身で小樽の米穀商だった沼田喜三郎が、幌新太刀別川の流域で開墾を始めました。1910年(明治43年)に鉄道が開通した際、沼田の農場内に駅ができて「沼田駅」と名づけられ、1922年(大正11年)に上北竜村から沼田村に改称して自治体名となりました。

まちの成り立ち

沼田の開拓は、1894年(明治27年)に富山県出身の沼田喜三郎が、郷里から18戸を連れて移り住んだことに始まります。翌年には愛媛県出身の宮崎春次ら35戸も移住しました。1914年(大正3年)4月1日に北竜村から分かれて上北竜村と呼ばれ、戸長役場が置かれました。1918年(大正7年)には北部が分かれて幌加内村となり、1919年(大正8年)4月1日に二級町村制が施行されて上北竜村となりました。1922年(大正11年)4月1日に名前を沼田村と改めています。1939年(昭和14年)に一級町村制となり、1943年(昭和18年)には北竜村から恵比島・五ヶ山の地域が加わりました。1947年(昭和22年)7月1日に町制を施行して沼田町になりました。町は石狩平野の最も北にあり、雨竜川の北岸に田畑が広がります。かつては炭鉱があり、石炭を産出していました。今は稲作が中心で、夏にはホタルの観賞や夜高あんどん祭りが開かれます。

年表

  1. 1918年4月3日大正7年上北竜村の北部が分かれて、幌加内村戸長役場が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1919年4月1日大正8年雨竜郡の上北竜村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.town.numata.hokkaido.jp
  3. 1922年4月1日大正11年上北竜村が名前を改め、沼田村となった。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  4. 1943年4月1日昭和18年北竜村の字恵比島・五ヶ山が沼田村に編入され、沼田村の一部は多度志村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  5. 1947年7月1日昭和22年沼田村が町制を施行し、沼田町となった。種類:町制施行 出典:www.town.numata.hokkaido.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

上北竜村→沼田町1919〜今

参考にした資料