今の北竜町
空知総合振興局の北部にある町で、雨竜郡に属します。雨竜川の西岸にあり、東部は平野、西部は山岳地帯です。国道275号が南北に、国道233号が東西に通っています。西の山地には暑寒別岳などが連なります。基幹産業は農業で、稲作のほか、ヒマワリやメロンが作られています。ヒマワリを中心にしたまちづくりを進めています。
今の北竜町の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,724人です。今の区域で数えた1980年の3,569人とくらべると51.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.0%です。
主な産業:農業が基幹産業で、稲作・ヒマワリ・メロンが中心です。
特産品・名産
- ヒマワリ種子は食用油などに加工される
- 青肉のメロン畑作で作られるメロン
- 米ななつぼしなどを作付けしている
見どころ・祭り
- ひまわりの里1989年に造成された観光地
- 北竜温泉1995年に開湯した温泉
- 暑寒別天売焼尻国定公園暑寒別岳などを含む国定公園
- 真竜獅子舞町指定文化財の獅子舞
木イチイ花ヒマワリ北竜町の木・花
北竜町のなりたち
北竜町(ほくりゅうちょう)は、北海道空知地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに北竜村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は雨竜郡に属していました。
「北竜町」という名前
「北竜」は、1899年(明治32年)に雨竜村から分かれるとき、雨竜村の北部にあたることから付けられた名です。分かれたのは、雨竜川の北岸で恵岱別川より北の一帯でした。もとになった「雨竜」は、アイヌ語の「ウリロペッ」(鵜の川)などに由来するとされています。
まちの成り立ち
1857年(安政4年)には、松浦武四郎が雨竜川から船で北竜を探索しています。北竜の開拓は、1893年(明治26年)に千葉県の吉植庄一郎が率いる培本合資会社が50戸で字和に入ったことに始まります。翌1894年には、大谷光瑩らが土地の貸付を受けて、小作人約200戸を字沼田と字渡辺に入れました。1899年(明治32年)7月に雨竜村から分かれ、北竜村戸長役場が置かれました。役場は、今の沼田町北竜の位置にありました。1914年(大正3年)には上北竜村が分村し、1915年(大正4年)4月1日に二級町村制を施行しています。1943年(昭和18年)には、北竜・恵比島・五ヶ山・口美葉牛の区域を沼田村に編入し、1944年に役場を和地区へ移しました。このため、字名の「北竜」は沼田町に移り、町名だけが残りました。1961年(昭和36年)9月1日に町制を施行し、北竜町となりました。1995年(平成7年)には北竜温泉が開湯しています。
年表
- 1914年4月1日大正3年北竜村の幌新太刀別川より東の区域が分かれ、上北竜村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1915年4月1日大正4年雨竜郡の北竜村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1930年9月1日昭和5年雨竜村の字恵岱別御料地の一部が北竜村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1943年4月1日昭和18年北竜村の字北竜・恵比島・五ヶ山・口美葉牛が沼田村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1961年9月1日昭和36年北竜村が町制を施行し、北竜町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。