今の清水町
十勝の内陸西部にある町です。東は鹿追町、南は芽室町、北は新得町に接し、西の日高山脈の山地は日高山脈襟裳十勝国立公園の北端にあたります。十勝川や佐幌川、芽室川などが流れます。農業を中心に、製糖や食肉加工などの工場も立地しています。町内にはパノラマの眺めが得られる展望地が点在し、西は日高山脈を隔てて日高町に接しています。
今の清水町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,094人です。今の区域で数えた1980年の13,352人とくらべると31.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.4%です。
主な産業:農業が中心で、製糖や食肉加工の工場もあります。
特産品・名産
- 十勝清水牛玉ステーキ丼町のご当地グルメ
- 牛とろ丼町の名産として紹介される料理
- 清水産農産品町独自の認証制度で審査する
見どころ・祭り
- 美蔓パノラマパーク十勝清水4景+1の一つの展望地
- 日勝峠展望台十勝清水4景+1の一つ
- 十勝千年の森十勝清水4景+1の一つ
- 清水円山展望台十勝清水4景+1の一つ
木ナナカマド花スズラン鳥ウグイス清水町の木・花・鳥
清水町のなりたち
清水町(しみずちょう)は、北海道十勝地方の町です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では人舞村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は上川郡・河西郡に属していました。
「清水町」という名前
「清水」は、アイヌ語で「水が清らかな川」を意味する「ペケレペッ」を意訳した名とされます。この川は十勝清水の地を流れる川の名でした。前身の「人舞」はアイヌ語の「ニトゥオマㇷ゚」(寄り木のある川の意)に字を当てたとされ、今も町内の字名に残ります。1927年(昭和2年)9月25日に人舞村から清水村へ改称しました。
まちの成り立ち
清水では、1898年(明治31年)に十勝開墾合資会社の貸付地へ福井県からの入植者が移り住み、同年に香川県からの団体も入りました。1907年(明治40年)には十勝線が開通し、清水駅が開設されています。1903年(明治36年)に芽室村戸長役場から分かれて、人舞村外1村戸長役場が置かれています。1915年(大正4年)4月1日に二級町村制を施行して人舞村となり、屈足村が分かれました。1921年(大正10年)4月1日には芽室村から分かれて御影村が置かれ、翌1922年(大正11年)には日本甜菜製糖清水工場が操業を始めました。人舞村は1923年(大正12年)に一級町村制となり、1927年(昭和2年)9月25日に清水村へ改称しました。1936年(昭和11年)1月1日に町制を施行し、清水町となりました。1956年(昭和31年)9月30日には御影村を編入しています。1980年(昭和55年)には清水町文化センターの完成を機に、町の人びとが第九を歌う催しが生まれました。
年表
- 1915年4月1日大正4年人舞村外1村戸長役場の区域で北海道二級町村制が施行されて人舞村が発足し、同時に屈足村が分かれた。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1920年9月30日大正9年芽室村との境界変更で、字熊牛の一部を編入した。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1921年4月1日大正10年芽室村から分かれて、北海道二級町村制の御影村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年4月1日大正12年人舞村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1927年9月25日昭和2年人舞村が清水村と改称した。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1936年1月1日昭和11年清水村が町制を施行し、清水町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年御影村が清水町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1958年4月1日昭和33年芽室町との境界変更で、字上芽室・渋山・旭山の一部が芽室町に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。