今の赤平市
北海道中西部、空知地方の中央部にある市です。市域を空知川が東から西へ蛇行して流れ、川沿いに市街地が広がります。川と並んで根室本線と国道38号が走り、かつては道東と道央を結ぶ主要な交通路でした。炭鉱で栄えたまちで、ズリ山や立坑といった炭鉱の遺産を観光に生かしています。アイヌの人びとが暮らした地で、白蛇や雪女などの民話が伝わります。キャンプ場や温泉も市内にあります。
今の赤平市の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,698人です。今の区域で数えた1980年の25,467人とくらべると61.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.9%です。
主な産業:花卉などの農業と、炭鉱遺産を生かした観光に取り組んでいます。
特産品・名産
- 塊炭飴石炭の形をした黒い飴
- がんがん鍋市の名物として紹介される鍋
- 花卉農業で花卉栽培が行われる
見どころ・祭り
- ズリ山階段777段の階段。頂上から市街を望む
- 住友石炭鉱業赤平砿立坑炭鉱産業遺産
- エルム高原家族旅行村オートキャンプ場
- エルム高原温泉ゆったり市内の温泉
木カエデ花キク鳥ヤマガラ赤平市の木・花・鳥
赤平市のなりたち
赤平市(あかびらし)は、北海道空知地方の市です。
1920年の時点で、この区域の町村は空知郡に属していました。
「赤平市」という名前
「赤平」は、アイヌ語の「アカピラ」(山の崖の意)をそのまま音にした名と解されています。このほか、「フレピラ」(赤い岩の意)を意訳したとする説や、「ワッカピラ」(水の崖の意)に字を当てたとする説があります。由来には諸説があり、はっきりしていません。1922年(大正11年)に赤平村が置かれ、1954年(昭和29年)の市制施行で赤平市になりました。
まちの成り立ち
赤平の開拓は、1891年(明治24年)6月に入植者が字百戸に入地したことに始まります。1894年(明治27年)には石川県から47戸が上赤平に移住しています。このあたりは歌志内村に属し、1906年(明治39年)4月1日に歌志内村が二級町村制を施行しています。1922年(大正11年)4月1日に歌志内村から分かれ、二級町村制の赤平村が置かれました。1929年(昭和4年)に一級町村制となり、1943年(昭和18年)2月11日に町制を施行して赤平町になりました。1918年(大正7年)に茂尻炭礦が、1937年(昭和12年)に昭和電工豊里炭砿が開坑するなど、市域では炭鉱が開かれ、石炭の産地として人口が増えました。1954年(昭和29年)7月1日に市制を施行し、赤平市になりました。市制施行と同じ日に、芦別市との境界が変わっています。炭鉱が閉じたあとは、ズリ山や立坑といった炭鉱の遺産を生かした観光に取り組んでいます。
年表
- 1906年4月1日明治39年今の赤平市の区域を含む歌志内村が、北海道二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1922年4月1日大正11年歌志内村から分かれて北海道二級町村制を施行し、赤平村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1929年4月1日昭和4年赤平村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1943年2月11日昭和18年赤平村が町制を施行し、赤平町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1954年7月1日昭和29年赤平町が市制を施行し、赤平市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。