今の上砂川町
空知地方のほぼ中央にある町です。東部は夕張山脈が南北に走り、辺毛山に源を持つパンケウタシナイ川が北部を西へ流れて大きな沢をつくっています。市街地はその沢沿いに広がり、ほかは山岳と森林です。かつて産炭地として栄え、テレビドラマのロケ地にもなった町で、炭鉱の閉山のあとは製造業やサービス業、建設業が主な産業となっています。
今の上砂川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,841人です。今の区域で数えた1980年の10,790人とくらべると73.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は51.3%です。
主な産業:炭鉱閉山後に誘致した企業による製造業のほか、サービス業・建設業が主です。
特産品・名産
- チーズ町の名産品として紹介
- しいたけ町の名産品として紹介
見どころ・祭り
- かみすながわ炭鉱館・無重力科学館炭鉱の歴史を伝える施設
- 上砂川岳温泉パンケの湯町内の温泉
- 上砂川岳日本庭園町内の庭園
- 旧上砂川駅(悲別駅)テレビドラマ「昨日、悲別で」のロケ地
木ハルニレ花シバザクラ上砂川町の木・花
上砂川町のなりたち
上砂川町(かみすながわちょう)は、北海道空知地方の町です。
1920年の時点で、この区域の町村は空知郡に属していました。
「上砂川町」という名前
「上砂川」は、母町の砂川町より、パンケウタシナイ川の上流にあたることから付けられた名です。砂川の名は、アイヌ語の「オタシナイ」(大きな砂の川の意)にちなんで付けられたとされています。1949年(昭和24年)1月1日に砂川町から分かれて町となったときに、「上砂川町」と名付けられました。
まちの成り立ち
上砂川の開拓は、1887年(明治20年)にパンケウタシナイ川の上流で上砂川炭田が見つかり、1896年(明治29年)に北海道炭礦汽船の西山坑が開かれたことに始まります。1899年(明治32年)4月には福井県から山内甚之助らが移住し、農場を経営しました。そのあと三井鉱山が、明治34年ごろから40年代にかけて炭調を行いました。1918年(大正7年)11月には砂川との間に三井専用鉄道が通り、駅名が「上砂川」となってこの地区の名前になりました。1919年(大正8年)には第1坑が開かれ、年産100万トンの炭鉱町が形成されました。1949年(昭和24年)1月1日に、砂川町の字上砂川町・上砂川・東奈井江・鶉の一部と、歌志内町の字西山の一部を合わせて分町し、上砂川町が置かれました。1952年(昭和27年)1月1日には奈井江町との境界が変わり、字東奈井江の一部が分けられています。1987年(昭和62年)に三井砂川鉱業所が閉山し、そのあとは誘致した企業が操業しています。
年表
- 1902年4月1日明治35年今の上砂川町の区域を含む奈江村が、北海道二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1903年8月23日明治36年奈江村が砂川村と改称した。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1907年4月1日明治40年砂川村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年6月15日大正12年砂川村が町制を施行し、砂川町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1949年1月1日昭和24年砂川町の東部(字上砂川町・上砂川・東奈井江と鶉の一部)と歌志内町の字西山の一部が分かれ、上砂川町が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1952年1月1日昭和27年奈井江町との境界変更で、字東奈井江の一部が奈井江町に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。