今のせたな町
檜山振興局の北部にある町で、久遠郡に属します。北部は狩場山を中心とする山地で、日本海に落ち込むところに茂津多岬があります。西側は日本海に面した急な海岸が続き、狩場茂津多道立自然公園に入ります。南東部も遊楽部岳を中心とした山地です。イカやホッケ、アワビなどの水産業と、水稲やメロンなどの農業が行われています。
今のせたな町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,398人です。今の区域で数えた1980年の16,051人とくらべると53.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は47.1%です。
主な産業:イカ・ホッケ・アワビなどの水産業と、水稲・メロンなどの農業が盛んです。
特産品・名産
- アワビ水産業の主な水揚げの一つ
- イカ水産業の主な水揚げの一つ
- メロン農業の主な作物の一つ
見どころ・祭り
- 三本杉岩カントリーサインの図柄になった岩
- 親子熊岩町のシンボルの岩
- 玉川公園水仙と桜の名所
- 浮島公園うぐい沼に動く島がある
- 熊戻渓谷町内の渓谷
木イチイ(オンコ)花スイセン鳥カモメせたな町の木・花・鳥
せたな町のなりたち
せたな町(せたなちょう)は、北海道檜山地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。平田内村・長磯村・東瀬棚村・太櫓村・久遠村・貝取澗村・瀬棚村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今のせたな町になりました。
今の名前「せたな町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の太櫓村が約248km²だったのに対し、今のせたな町は約699km²と、およそ2.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は久遠郡・太櫓郡・瀬棚郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧東瀬棚村の区域には東瀬棚駅(瀬棚線)があります。旧瀬棚村の区域には瀬棚駅(瀬棚線)があります。
「せたな町」という名前
「せたな」は、旧瀬棚町の「瀬棚」をひらがなで書いた名です。瀬棚は、アイヌ語の「セタナイ」(犬の川の意)に由来すると考えられています。永田方正は「セタルペㇱペナイ」(犬の路の川の意)が略されたとしています。松浦武四郎は、神の召使いの大犬が山から海に入って岩になったという伝説を紹介しています。山田秀三は、川筋に山犬が住んでいたからと考察しています。
まちの成り立ち
せたな町の区域には、瀬棚村・東瀬棚村・太櫓村・久遠村・貝取澗村などがありました。1876年(明治9年)に太櫓外3村戸長役場が、1880年(明治13年)に瀬棚外4村戸長役場が置かれました。1902年(明治35年)に久遠村と瀬棚村が、1906年(明治39年)に東瀬棚村と太櫓村が二級町村制を施行しました。瀬棚村は1919年(大正8年)に一級町村制となり、1921年(大正10年)1月1日に町制を施行して瀬棚町になりました。1923年(大正12年)4月1日には、貝取澗・平田内・長磯の3村がまとまって二級町村制の貝取澗村になりました。東瀬棚村は1953年(昭和28年)10月1日に町制を施行して東瀬棚町になり、1955年(昭和30年)4月1日に東瀬棚町と太櫓村が廃されて北檜山町が置かれました。同じ年の7月20日には久遠村と貝取澗村が廃されて大成村が置かれ、1966年(昭和41年)10月1日に町制を施行して大成町になりました。2005年(平成17年)9月1日、大成町・瀬棚町・北檜山町が合わさって、せたな町が発足しました。
年表
- 1902年久遠郡の久遠村が北海道二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1902年4月1日明治35年瀬棚郡の瀬棚村が北海道二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1906年4月1日明治39年北海道二級町村制の施行で、瀬棚郡の東瀬棚村と、太櫓・古櫓多・良瑠石・鵜泊の4村をまとめた太櫓郡の太櫓村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1919年4月1日大正8年瀬棚村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1921年1月1日大正10年瀬棚村が町制を施行し、瀬棚町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年4月1日大正12年北海道二級町村制の施行で、久遠郡の貝取澗村・平田内村・長磯村の区域をもって貝取澗村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1932年6月15日昭和7年利別村との境界変更で、トンケ川以西の区域が東瀬棚村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1953年10月1日昭和28年東瀬棚村が町制を施行し、東瀬棚町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年東瀬棚町と太櫓村が合併し、瀬棚郡北檜山町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年北檜山町の属する郡が瀬棚郡と定められ、旧太櫓村の区域は太櫓郡から瀬棚郡に移った。種類:郡の変更 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1955年7月20日昭和30年久遠村と貝取澗村が合併し、大成村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1966年10月1日昭和41年大成村が町制を施行し、大成町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 2005年9月1日平成17年大成町・瀬棚町・北檜山町が合併し、せたな町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 2005年9月1日平成17年せたな町の属する郡が久遠郡と定められ、旧瀬棚町・旧北檜山町の区域は瀬棚郡から久遠郡に移った。種類:郡の変更 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。