今の比布町
北海道のほぼ中央、上川盆地の北部にある町です。南の境を石狩川が流れ、北端の塩狩峠が和寒町との境になっています。農業の中心は稲作で、野菜や果物への転作も進み、特にイチゴが名産品です。町内には「ゆめぴりか」を育成・開発した農業試験場があります。冬はぴっぷスキー場に訪れる人が多く、キャッチコピーは「スキーといちごのまち」です。
今の比布町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,520人です。今の区域で数えた1980年の5,806人とくらべると39.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.5%です。
主な産業:稲作が中心で、イチゴなどの野菜・果物の栽培も営まれます。
特産品・名産
- イチゴ誕生から100年を超える比布の名産
- ゆめぴりか町内の農業試験場で開発された米
- ニジマスニジマス工房で養殖される
見どころ・祭り
- ぴっぷスキー場町営の道北最大級のスキー場
- 突哨山カタクリの名所
- ニジマス工房釣り堀もある養殖場
- 遊湯ぴっぷスキー場に隣接する温浴施設
木ナナカマド花スイセン比布町の木・花
比布町のなりたち
比布町(ぴっぷちょう)は、北海道上川地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに比布村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は上川郡に属していました。
「比布町」という名前
「比布」は、アイヌ語の「ピプ」または「ピピ」から出た名で、「沼の多いところ」あるいは「石の多いところ」という意味といわれています。昔はこのあたりに湿地が多く、石狩川の川床には石が多かったことから、この呼び名が変わり、音を写して名づけられたと考えられています。1906年(明治39年)に比布村となり、1962年(昭和37年)に町制を施行して比布町になりました。
まちの成り立ち
比布の開拓は、1894年(明治27年)4月に高知県の人が初めて入植したことに始まります。翌1895年(明治28年)5月には香川県出身の合田鶴造ら44戸が移住し、同じ年の12月には愛媛県や滋賀県からも100戸を超える人々が移り住んで、開墾を進めました。このころは植民地として開かれ、鷹栖村の戸長役場に属していました。1906年(明治39年)4月1日に鷹栖村から分かれて二級町村制を施行し、比布村になりました。翌年には愛別村との境界が改められています。1921年(大正10年)4月1日に一級町村制となり、1962年(昭和37年)1月1日に町制を施行して比布町になりました。町制を記念して、同じ年に町民憲章が定められています。町は上川盆地の北部にあり、南の境を石狩川が流れ、北の塩狩峠が和寒町との境です。稲作を中心に、大正時代から続くイチゴの栽培でも知られ、「スキーといちごのまち」を掲げています。
年表
- 1906年4月1日明治39年上川郡の鷹栖村から分かれて二級町村制が施行され、比布村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1907年5月21日明治40年愛別村との境界が変更され、比布村の字ヨーコシナイが愛別村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1921年4月1日大正10年比布村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1962年1月1日昭和37年比布村が町制を施行し、比布町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。