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富士河口湖町ふじかわぐちこまち

1920年には9の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の富士河口湖町になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の富士河口湖町

山梨県の東部、南都留郡にある町です。富士山の北麓にあり、富士五湖のうち山中湖を除く四つの湖が町にあります。中心の河口湖駅は標高857mで、気候は冷涼です。富士山を眺められる場所が多く、国内外から多くの観光客が訪れます。西には青木ヶ原樹海が、南には富士ヶ嶺高原が広がります。観光が町の中心の産業です。

今の富士河口湖町の区域の人口は、2020年の国勢調査で26,082人です。今の区域で数えた1980年の19,634人とくらべると32.8%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.7%です。

26,082人人口(2020年)
+32.8%1980年からの増減
158.4km²面積(国土地理院)
165人/km²人口密度
26.7%65歳以上の割合
26,0821980199020052020
15歳未満 13.4%15〜64歳 60.0%65歳以上 26.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:観光業(富士五湖・富士山・遊園地)、商業

特産品・名産

  • ブルーベリー町内の農園で栽培され、旬は7〜8月
  • さくらんぼ町内の農園で摘み取りができる
  • ほうとう町で味わえる郷土の名物

見どころ・祭り

  • 河口湖富士五湖の一つ。町の中心の湖
  • 富士御室浅間神社吉田口登山道の二合目に本宮、旧勝山村に里宮
  • 青木ヶ原樹海富士山の北西麓に広がる森
  • 西湖いやしの里根場1966年の台風で壊滅した根場の集落を復元
  • 富岳風穴町内の溶岩洞窟

木あかまつ花月見草鳥やまがら富士河口湖町の木・花・鳥

富士河口湖町のなりたち

富士河口湖町(ふじかわぐちこまち)は、山梨県富士・東部地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。西湖村・長浜村・大嵐村・河口村・大石村・船津村・小立村・勝山村・上九一色村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の富士河口湖町になりました。

今の名前「富士河口湖町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の上九一色村が約87km²だったのに対し、今の富士河口湖町は約160km²と、およそ1.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は南都留郡・西八代郡に属していました。

91920年の町村の数
4回合併・編入の回数
158km²今の面積
2003年いちばん新しい合併

「富士河口湖町」という名前

町名は、富士山と、旧河口湖町の名にもなった河口湖を合わせた形になっています。名づけの理由を記した資料は見つかっていません。2003年(平成15年)に河口湖町・勝山村・足和田村が合併して、富士河口湖町が発足しました。山梨県でただ一つ、「町」を「まち」と読む自治体です。湖の東にあった河口村は、1875年(明治8年)に川口村と浅川村が合わさってできた村です。

まちの成り立ち

町の一帯は富士山の北麓にあり、河口湖・西湖・精進湖・本栖湖の四つの湖があります。

1889年(明治22年)7月1日の町村制で、南都留郡に船津村・小立村・勝山村・西湖村・大石村・河口村が、西八代郡に上九一色村が発足しました。1892年(明治25年)には西湖村から長浜村が分かれ、1899年(明治32年)には鳴沢村から大嵐村が分かれています。1942年(昭和17年)に西湖村と長浜村が合併して西浜村が生まれ、1955年(昭和30年)4月10日には西浜村と大嵐村が合併して足和田村が発足しました。1956年(昭和31年)9月30日には、河口村・大石村・船津村・小立村が合併して河口湖町が発足します。

平成の大合併では、2003年(平成15年)11月15日に河口湖町・勝山村・足和田村が新設合併して富士河口湖町が発足しました。2006年(平成18年)3月1日には、西八代郡上九一色村の南部(精進・本栖・富士ヶ嶺)を編入しています。上九一色村は2004年の住民投票を経て、北部が甲府市に、南部が富士河口湖町に分かれて加わりました。この編入で町の面積は約1.5倍の158.51平方キロメートルになり、青木ヶ原樹海と富士ヶ嶺高原を含む町になりました。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、南都留郡に船津村・小立村・勝山村・西湖村・大石村・河口村が、西八代郡に上九一色村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1892年4月1日明治25年西湖村の一部(長浜)が分かれて長浜村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1899年5月17日明治32年鳴沢村の一部(大嵐)が分かれて大嵐村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  4. 1942年7月8日昭和17年西湖村と長浜村が合併し、西浜村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1955年4月10日昭和30年西浜村と大嵐村が合併し、足和田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1956年9月30日昭和31年小立村・船津村・河口村・大石村が合併し、河口湖町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 2003年11月15日平成15年河口湖町・勝山村・足和田村が合併し、富士河口湖町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 2006年3月1日平成18年西八代郡上九一色村の南部(大字精進・本栖・富士ヶ嶺)が富士河口湖町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

富士河口湖町2003〜今
上九一色村1889〜2006
勝山村1889〜2003
西浜村→足和田村1942〜2003
大嵐村1899〜1955
西湖村1889〜1942
長浜村1892〜1942
河口湖町1956〜2003
河口村1889〜1956
大石村1889〜1956
船津村1889〜1956
小立村1889〜1956

参考にした資料