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甲府市こうふし

1920年には24の町村だった区域が、8回の合併・編入を経て、今の甲府市になりました。

24町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の甲府市

山梨県のほぼ中央、甲府盆地の真ん中を南北に長く縦断するまちで、県庁所在地です。周りを奥秩父、御坂山地、南アルプスの山々に囲まれ、笛吹川や荒川、相川などが流れます。戦国時代には武田氏の本拠地となり、江戸時代は甲府城の城下町、甲州街道の宿場町として栄えました。今は県の行政や商業の中心で、宝石の研磨でも知られ、北部には昇仙峡などの山あいが広がります。

今の甲府市の区域の人口は、2020年の国勢調査で189,591人です。今の区域で数えた1980年の204,654人とくらべると7.4%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は29.6%です。

189,591人人口(2020年)
−7.4%1980年からの増減
212.47km²面積(国土地理院)
892人/km²人口密度
29.6%65歳以上の割合
207,6951980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 58.8%65歳以上 29.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:宝石・貴金属の加工、機械・電子工業、商業・行政の中心

特産品・名産

  • 甲府鳥もつ煮市の名物に挙げられる料理
  • ほうとう市の名物に挙げられる郷土料理
  • 鮑の煮貝市の名物に挙げられる食品
  • 甲州水晶貴石細工国の伝統的工芸品。宝石研磨の技
  • 甲州印伝国の伝統的工芸品

見どころ・祭り

  • 昇仙峡市北部の名勝の渓谷
  • 舞鶴城公園(甲府城跡)甲府城の跡。国の史跡
  • 湯村温泉信玄の隠し湯と伝わる温泉
  • 信玄公祭り武田信玄にちなむ祭り

木カシ花ナデシコ鳥カワセミ甲府市の木・花・鳥

甲府市のなりたち

甲府市(こうふし)は、山梨県中北地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、24の町村がありました。国里村・清田村・相川村・里垣村・貢川村・国母村・白井河原村・上曽根村・下曽根村・大宮村・千塚村・池田村・宮本村・千代田村・能泉村・甲運村・住吉村・大鎌田村・山城村・朝井村・二川村・右左口村・上九一色村・甲府市です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の甲府市になりました。

今の名前「甲府市」は、1920年にあった甲府市の名前を受け継いでいます。ほかの23の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の甲府市が約9km²だったのに対し、今の甲府市は約211km²と、およそ24.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は中巨摩郡・東八代郡・西八代郡・西山梨郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東八代郡は2006年(平成18年)8月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧国母村の区域には国母駅(身延線)があります。

241920年の町村の数
8回合併・編入の回数
212km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「甲府市」という名前

「甲府」の名は、1519年(永正16年)に甲斐国の守護だった武田信虎が、居館を石和、川田を経て躑躅ヶ崎館(今の武田神社の地)に移したとき、「甲斐国の府中」という意味で名づけたことに始まります。ここでいう府中は、国の中心となる都市というほどの意味です。律令の時代に国府が置かれた場所は今の笛吹市内とみられ、甲府とは別の場所でした。

まちの成り立ち

武田信虎が1519年に躑躅ヶ崎館を築いて以来、甲府は信玄、勝頼と続く武田氏の本拠地になりました。武田氏の滅亡後は徳川氏や豊臣系の大名が甲斐国を治め、一条小山に築かれた甲府城は1600年(慶長5年)に完成しました。江戸時代は甲州街道の宿場町としても栄えました。1889年(明治22年)7月1日、市制の施行により、西山梨郡の甲府総町などの区域で甲府市が発足しました。1937年(昭和12年)に相川村・里垣村・国母村・貢川村、1942年(昭和17年)に大宮村・千塚村、1949年(昭和24年)に池田村を編入します。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)10月17日に宮本村・千代田村・能泉村・甲運村・住吉村・大鎌田村・山城村・朝井村・二川村・玉諸村の10村を編入しました。平成の大合併では、2006年(平成18年)3月1日に東八代郡の中道町と、西八代郡上九一色村の北部(大字梯・古関)を編入しています。2019年(平成31年)には中核市に移行しました。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年市制の施行により、西山梨郡の甲府総町などの区域で甲府市が発足した。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  2. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、西山梨郡に甲運村・千塚村・大宮村・相川村・能泉村・千代田村・山城村・住吉村・朝井村・里垣村・清田村・国里村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、中巨摩郡に池田村・貢川村・国母村・大鎌田村・二川村・宮本村が、東八代郡に右左口村・白井河原村・上曽根村・下曽根村が、西八代郡に上九一色村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1921年7月1日大正10年西山梨郡の清田村と国里村が合併し、玉諸村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1937年8月1日昭和12年西山梨郡の相川村・里垣村と中巨摩郡の国母村・貢川村が甲府市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  6. 1941年1月1日昭和16年東八代郡の上曽根村・下曽根村・白井河原村が合併し、柏村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1942年4月1日昭和17年西山梨郡の千塚村と大宮村が甲府市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1949年12月1日昭和24年中巨摩郡池田村が甲府市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  9. 1954年10月17日昭和29年西山梨郡の甲運村・能泉村・千代田村・山城村・住吉村・朝井村・玉諸村と中巨摩郡の大鎌田村・二川村・宮本村が甲府市に編入され、西山梨郡はなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia
  10. 1955年3月31日昭和30年東八代郡の柏村と右左口村が合併し、中道町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  11. 2006年3月1日平成18年東八代郡中道町と西八代郡上九一色村の北部(大字古関・梯)が甲府市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  12. 2019年4月1日平成31年甲府市が中核市に移行した。種類:その他 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

甲府市1889〜今
上九一色村1889〜2006
中道町1955〜2006
右左口村1889〜1955
柏村1941〜1955
白井河原村1889〜1941
上曽根村1889〜1941
下曽根村1889〜1941
宮本村1889〜1954
千代田村1889〜1954
能泉村1889〜1954
甲運村1889〜1954
住吉村1889〜1954
大鎌田村1889〜1954
山城村1889〜1954
朝井村1889〜1954
二川村1889〜1954
玉諸村1921〜1954
国里村1889〜1921
清田村1889〜1921
池田村1889〜1949
大宮村1889〜1942
千塚村1889〜1942
相川村1889〜1937
里垣村1889〜1937
貢川村1889〜1937
国母村1889〜1937同じ名前の駅:国母駅

参考にした資料