今の甲州市
山梨県の北東部、甲府盆地の東の端にあるまちで、国中地方に含まれます。盆地の東側や東南の山地から流れ出る川が、勝沼扇状地などの扇状地をつくっています。笛吹川と日川、重川の流域に市街地があり、柳沢峠より北は多摩川の源流域です。戦後に養蚕から果樹栽培へ転換し、ぶどうやももの産地となりました。ワイン造りも早くから行われ、古い寺社が多いことでも知られます。
今の甲州市の区域の人口は、2020年の国勢調査で29,237人です。今の区域で数えた1980年の37,269人とくらべると21.6%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.7%です。
主な産業:ぶどう・ももの果樹栽培、観光農園、ワイン醸造
特産品・名産
- 甲州ぶどう市の名産。ぶどう栽培が盛ん
- 甲州ワイン勝沼は国内のワイン醸造の始まりの地とされる
- 甲州百目柿「甲州」の名がつく柿
見どころ・祭り
- 恵林寺武田信玄の菩提寺。夢窓疎石の庭がある
- 柏尾山大善寺ぶどう寺として知られる。薬師堂は国宝
- 勝沼氏館跡国の史跡
- 雲峰寺風林火山の軍旗と日本最古の日の丸を伝える
- 慈雲寺天然記念物のイトザクラがある
木ぶどう花さくら鳥うぐいす甲州市の木・花・鳥
甲州市のなりたち
甲州市(こうしゅうし)は、山梨県峡東地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。山村・休息村・綿塚村・小佐手村・初鹿野村・田野村・木賊村・鶴瀬村・日影村・等々力村・奥野田村・玉宮村・神金村・松里村・大藤村・菱山村・祝村・七里村・勝沼町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の甲州市になりました。
今の名前「甲州市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの19の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の神金村が約109km²だったのに対し、今の甲州市は約263km²と、およそ2.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は東八代郡・東山梨郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東八代郡は2006年(平成18年)8月1日に廃止されました、東山梨郡は2005年(平成17年)11月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧初鹿野村の区域には初鹿野駅(中央本線)があります。旧勝沼町の区域には勝沼駅(中央本線)があります。
「甲州市」という名前
「甲州」は、旧国名の甲斐国の別の呼び名です。2005年(平成17年)の合併では、合併する市町村の名を含まないことを条件に新しい市名が公募され、「甲州市」「武田市」「東山梨市」「フルーツ市」などが候補になりました。市域に甲州ぶどう、甲州ワイン、甲州百目柿、甲州鞍馬石など「甲州」の名がつく産物が多いこともあり、「甲州市」に決まりました。
まちの成り立ち
甲州市は甲府盆地の東の入り口にあたり、甲州街道が通っていました。武田信玄の菩提寺の恵林寺や、ぶどう寺として知られる大善寺など、古い寺社が多く残ります。戦後は養蚕から果樹栽培へ移り、ぶどうやももの産地になりました。
1889年(明治22年)7月1日の町村制で、東山梨郡に七里村・勝沼村など15の村が、東八代郡に祝村など4つの村が発足しました。勝沼村は1896年(明治29年)に町制を施行し、七里村は1928年(昭和3年)に町制を施行して塩山町となります。1941年(昭和16年)には山村・休息村・綿塚村・小佐手村が合併して東雲村が、初鹿野村・鶴瀬村・日影村・田野村・木賊村が合併して大和村が生まれ、1942年(昭和17年)には勝沼町と等々力村が合併しました。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)3月に塩山町が奥野田村・玉宮村・松里村・大藤村・神金村を次々に編入し、4月5日に市制を施行して塩山市になりました。同じ日に勝沼町・菱山村・東雲村・祝村が合併し、改めて勝沼町が発足しています。
平成の大合併では、2005年(平成17年)11月1日に塩山市・勝沼町・大和村が合併して甲州市が発足し、東山梨郡はなくなりました。はじめは今の山梨市も加わる構想でしたが、山梨市長が反対に転じて協議から抜けました。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、東山梨郡に七里村・松里村・大藤村・神金村・玉宮村・奥野田村・菱山村・休息村・山村・小佐手村・綿塚村・等々力村・勝沼村・鶴瀬村・初鹿野村が、東八代郡に祝村・日影村・田野村・木賊村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年3月2日明治29年勝沼村が町制を施行し、勝沼町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年11月10日昭和3年七里村が町制を施行するとともに改称し、塩山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年1月1日昭和16年小佐手村・山村・休息村・綿塚村が合併し、東雲村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1941年2月11日昭和16年東山梨郡の初鹿野村・鶴瀬村と東八代郡の日影村・田野村・木賊村が合併し、東山梨郡大和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1942年5月10日昭和17年勝沼町と等々力村が合併し、改めて勝沼町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年3月1日昭和29年奥野田村が塩山町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月20日昭和29年玉宮村が塩山町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年松里村・大藤村・神金村が塩山町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年4月5日昭和29年塩山町が市制を施行し、塩山市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1954年4月5日昭和29年勝沼町・菱山村・東雲村と東八代郡祝村が合併し、改めて勝沼町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2005年11月1日平成17年塩山市と東山梨郡の勝沼町・大和村が合併し、甲州市が発足して、東山梨郡はなくなった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。