今の北杜市
山梨県の北西端にあり、県内で最も面積の広いまちです。八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳、瑞牆山などに囲まれ、市域の約3分の1は八ヶ岳の南麓の高原です。七里岩という台地が南北に延び、その上と下に旧町村の集落が分かれて広がります。日照時間が長く、南アルプスの湧水にも恵まれています。清里などの高原観光、ブルーベリーや米づくり、ウイスキー造りで知られます。
今の北杜市の区域の人口は、2020年の国勢調査で44,053人です。今の区域で数えた1980年の44,320人とくらべると0.6%減り、人口は2005年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.1%です。
主な産業:高原観光(清里・白州)、ブルーベリー・米・豆苗の農業、精密機器や電子部品の工場
特産品・名産
- ブルーベリー生産量の多さで知られる
- 武川米市内で作られる米の銘柄
- 豆苗国内最大級の専用植物工場がある
見どころ・祭り
- 清里高原避暑地として知られる八ヶ岳南麓の高原
- 台ヶ原宿甲州街道の宿場の一つ
- 谷戸城跡市内の名所・旧跡に挙げられる城跡
- 信玄の棒道武田氏の軍用道路と伝わる道
- 尾白川名水百選に選ばれた川
木赤松花ひまわり鳥フクロウ北杜市の木・花・鳥
北杜市のなりたち
北杜市(ほくとし)は、山梨県中北地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、26の町村がありました。新富村・武里村・篠尾村・安都玉村・熱見村・安都那村・甲村・清春村・秋田村・日野春村・朝神村・小笠原村・上手村・小泉村・津金村・多麻村・若神子村・穂足村・駒城村・鳳来村・菅原村・清里村・江草村・増富村・大泉村・小淵沢村です。これらの町村が、13回の合併や編入を経て、今の北杜市になりました。
今の名前「北杜市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの26の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の増富村が約101km²だったのに対し、今の北杜市は約600km²と、およそ5.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北巨摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北巨摩郡は2006年(平成18年)3月15日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧日野春村の区域には日野春駅(中央本線)があります。旧清里村の区域には清里駅(小海線)があります。旧小淵沢村の区域には小淵沢駅(中央本線)があります。
「北杜市」という名前
「北杜」は、植物のヤマナシを意味する「杜」の字に、山梨県の北部という意味をこめた名前です。この名は、合併に先立つ2001年に地域の高校が統合されたときの新しい校名にも使われていました。新市名の公募では「八ヶ岳」「北杜/北斗」「峡北」などが上位に入り、選考を経て「北杜」に決まりました。市は「月見里県星見里市」という愛称も持っています。
まちの成り立ち
北杜市の大部分は、かつて甲斐国巨摩郡の逸見筋に属し、古くから良馬の産地として知られました。戦国時代には武田氏の信濃侵攻の拠点となり、軍用道路の棒道が整えられたと伝わります。明治に入ると一帯は北巨摩郡となり、「峡北」という呼び名が使われるようになりました。
1889年(明治22年)7月1日の町村制で、今の市域には北巨摩郡の26の村が発足しました。1933年(昭和8年)に新富村と武里村が合併して武川村が生まれます。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)に小淵沢町と高根村が、1955年(昭和30年)に長坂町・明野村・須玉町・白州町が発足し、駒城村の一部が武川村に加わりました。高根村は1962年(昭和37年)に町制を施行して高根町になります。戦後は八ヶ岳南麓で開拓が進み、のちに酪農や高原野菜、ペンションなどの高原観光が発展しました。平成の大合併では、2004年(平成16年)11月1日に、北巨摩郡の須玉町・長坂町・白州町・高根町・大泉村・武川村・明野村の7町村が新設合併して、北杜市が発足しました。2006年(平成18年)3月15日には小淵沢町が編入され、北巨摩郡はなくなりました。県内で最も面積が広く、最も北にある市で、八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳に囲まれています。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、北巨摩郡に小笠原村・上手村・朝神村・若神子村・穂足村・多麻村・江草村・増富村・津金村・清里村・安都那村・安都玉村・熱見村・甲村・日野春村・秋田村・大泉村・小泉村・清春村・篠尾村・小淵沢村・鳳来村・菅原村・駒城村・新富村・武里村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1933年4月1日昭和8年新富村と武里村が合併し、武川村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年小淵沢村と篠尾村が合併し、小淵沢町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年6月1日昭和29年安都玉村・安都那村・熱見村・甲村が合併し、高根村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月20日昭和30年日野春村・秋田村・清春村が合併し、長坂町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年上手村・小笠原村・朝神村が合併し、明野村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月30日昭和30年小泉村が長坂町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年若神子村・穂足村・多麻村・津金村が合併し、須玉町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年7月1日昭和30年鳳来村・菅原村と駒城村の一部(横手・大坊)、長坂町の一部(片颪)が合併し、白州町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年7月1日昭和30年駒城村の残りの区域(柳沢)が武川村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年清里村が高根村に、江草村が須玉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1959年4月1日昭和34年増富村が須玉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1962年10月1日昭和37年高根村が町制を施行し、高根町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2004年11月1日平成16年須玉町・長坂町・白州町・高根町・大泉村・武川村・明野村が合併し、北杜市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2006年3月15日平成18年小淵沢町が北杜市に編入され、北巨摩郡はなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。