今の小菅村
山梨県の北東部、北都留郡にある村です。周りを山に囲まれ、東は東京都の奥多摩町と接します。村内には相模川と多摩川の源流があり、村は「多摩源流」の村を掲げています。面積の9割以上が林野で、ミズナラやブナの原生林も残ります。林野の一部は東京都の水源林です。急な斜面の畑でのコンニャク芋づくりや、清流を生かしたワサビ・ヤマメが村の産物です。
今の小菅村の区域の人口は、2020年の国勢調査で684人です。今の区域で数えた1980年の1,284人とくらべると46.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.3%です。
主な産業:コンニャク芋・ワサビの栽培、ヤマメなど渓流魚の養殖、観光(温泉・釣り)
特産品・名産
- こんにゃく急斜面の掛け軸畑で育てる芋から作る
- わさび沢の清流を生かして育てられてきた
- ヤマメ「ヤマメの郷」と呼ばれる村の川魚
見どころ・祭り
- 多摩源流温泉 小菅の湯1994年開設。道の駅こすげと一体の温泉
- 白糸の滝村内にある滝
- 長作観音堂村内にある観音堂
- 大菩薩峠(小菅側登山口)小菅村側にも登山口がある
- 多摩源流祭り毎年5月4日の村民手づくりの祭り
小菅村のなりたち
小菅村(こすげむら)は、山梨県富士・東部地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに小菅村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は北都留郡に属していました。
「小菅村」という名前
村名の由来ははっきりしていません。戦国時代には、この地を拠点とした土豪の小菅氏が現れました。氏の名と地名のどちらが先かはわかっていません。村は多摩川と相模川の源流部にあり、山に囲まれた谷あいに集落が点在しています。北どなりの丹波山村とは、古くは同じ行政の単位で、文禄の検地で分けられたとされます。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)7月1日、町村制の施行により、北都留郡に小菅村が発足しました。戦国時代には土豪の小菅氏がこの地を拠点としていました。
村には相模川と多摩川の源流部があり、村も「多摩源流」の村であることを掲げています。村の面積の9割以上が林野で、その3分の1ほどは東京都が水源林として持ち、管理しています。村の一帯は、東京都水道局の小河内ダム(奥多摩湖)に水が集まる範囲に含まれます。こうした事情から、丹波山村とともに、東京都の奥多摩町や青梅市とのつながりが強い村です。村の東の鶴峠は、北の多摩川水系と南の相模川水系を分ける分水嶺になっています。
山の急な斜面を切り開いた「掛け軸畑」ではコンニャク芋が育てられ、清流を生かしたワサビの栽培や、ヤマメ・イワナなど渓流魚の釣りと養殖も行われています。2017年(平成29年)には水の良さに目をつけたクラフトビールの醸造所ができました。平成の大合併のころには、位置や規模の面から合併の話が具体的にならず、村の区域は1889年の発足から変わっていません。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、北都留郡に小菅村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年8月1日明治24年北都留郡で郡制が施行され、小菅村は引き続き同郡に属した。種類:その他 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。