今の郡山市
福島県の中通り中部にある中核市です。市域は奥羽山脈の東西にまたがります。安積原野と呼ばれる平らな土地に市街地が広がり、西に猪苗代湖、東に阿武隈山地、北に安達太良山があります。中心部を阿武隈川が南から北へ流れます。東北新幹線や東北自動車道が通る交通の要所で、商工業が盛んです。安積疏水によって開けたまちで、米づくりも盛んです。
今の郡山市の区域の人口は、2020年の国勢調査で327,692人です。今の区域で数えた1980年の286,451人とくらべると14.4%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.1%です。
主な産業:商業・工業が盛んな商都で、米づくりや鯉の養殖も行われています。
特産品・名産
- 郡山のお菓子柏屋など県を代表する菓子店が本店を構える
- 鯉養殖が盛んな地域
- 三春駒・三春張子人形高柴デコ屋敷で作られる民芸品
見どころ・祭り
- 開成山公園安積開拓時に植えられた桜の名所
- 猪苗代湖市の西部が湖岸にあたる
- 布引高原風車が立ち並ぶ高原
- 大安場古墳東北最大の前方後方墳とされる
- 高柴デコ屋敷三春駒の発祥の地とされる工人の里
木ヤマザクラ花ハナカツミ鳥カッコウ郡山市の木・花・鳥
郡山市のなりたち
郡山市(こおりやまし)は、福島県県中地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、32の町村がありました。小原田村・桑野村・小泉村・丸守村・富田村・豊田村・永盛村・高瀬村・守山町・谷田川村・二瀬村・穂積村・三和村・月形村・赤津村・福良村・中野村・三代村・大槻村・高野村・逢隈村・河内村・多田野村・厳江村・宮城村・御館村・高川村・山ノ井村・喜久田村・片平村・富久山村・郡山町です。これらの町村が、17回の合併や編入を経て、今の郡山市になりました。
今の名前「郡山市」は、1920年にあった郡山町の名前を受け継いでいます。ほかの31の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は安積郡・安達郡・田村郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧谷田川村の区域には谷田川駅(水郡線)があります。旧喜久田村の区域には喜久田駅(磐越西線)があります。
「郡山市」という名前
「郡山」の名は、古代に郡の役所(郡衙)が置かれたことに由来するとされています。律令制のもとで郡の役人が政務をとった場所を郡衙といい、その名が地名として残ったと考えられています。郡山の地は、7世紀に安積郡が置かれて以来、現在の二本松市や田村市を含む広い地域の中心だったとみられています。
まちの成り立ち
福島県の中通り中部にある市です。江戸時代は奥州街道の郡山宿がありましたが、水が乏しく、まわりには原野が広がっていました。明治時代に猪苗代湖の水を引く安積疏水ができて開拓が進み、鉄道の分かれる駅があったことから大きく発展しました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、安積郡郡山町と、まわりの多くの村が生まれました。1924年(大正13年)9月1日に郡山町と小原田村が合併して郡山市が発足し、1925年(大正14年)に桑野村を編入しました。そのころ、日和田・富久山・大槻・永盛の各村が町となり、安達郡の高川村も町制をしいて熱海町となりました。
昭和の大合併のころには、郡山市が富田村の一部や大槻町、巌江村の一部を編入しました。まわりでも合併が進み、安積町・三穂田村・湖南村・逢瀬村、田村郡の田村町・西田村・中田村などが生まれました。
1965年(昭和40年)5月1日、郡山市は安積郡の9町村と田村郡田村町と合併し、改めて郡山市が発足しました。このとき安積郡はなくなりました。同じ年の8月1日には西田村と中田村が編入され、今の市域になっています。2016年(平成28年)には安積疏水が日本遺産に認定されました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安積郡に郡山町と、永盛村・大槻村・桑野村・穂積村・多田野村・河内村・福良村・赤津村・箕輪村・三和村・小原田村・富久山村・丸守村・片平村・山野井村・喜久田村・豊田村・富田村・月形村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、田村郡に守山村・高瀬村・二瀬村・高野村・逢隈村・宮城村・御舘村・巌江村が、安達郡に高川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1892年7月21日明治25年安積郡箕輪村が分かれ、中野村と三代村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1893年2月3日明治26年田村郡二瀬村の一部(谷田川)が分かれ、谷田川村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1894年7月23日明治27年田村郡巌江村の一部(南小泉・北小泉と芹沢の一部)が分かれ、小泉村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1908年3月13日明治41年田村郡守山村が町制を施行し、守山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1924年9月1日大正13年安積郡の郡山町と小原田村が合併し、市制を施行して郡山市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1925年6月1日大正14年安積郡桑野村が郡山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1925年8月1日大正14年安積郡山野井村が町制を施行するとともに改称し、日和田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1937年4月1日昭和12年安積郡富久山村が町制を施行し、富久山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年4月1日昭和15年安積郡大槻村が町制を施行し、大槻町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年4月1日昭和15年安達郡高川村が町制を施行するとともに改称し、熱海町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1943年10月1日昭和18年安積郡永盛村が町制を施行し、永盛町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年2月1日昭和29年熱海町の所属が安達郡から安積郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年田村郡小泉村が安積郡富久山町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年9月1日昭和29年安積郡の熱海町と丸守村が合併し、改めて熱海町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年11月1日昭和29年安積郡富田村が分かれ、一部が喜久田村に、残りが郡山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年12月10日昭和29年安積郡の永盛町と豊田村が合併し、安積町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年田村郡高瀬村の一部(大平と下行合の一部)が郡山市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年田村郡の守山町・谷田川村と高瀬村の残りの区域が合併し、田村町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年田村郡二瀬村が田村町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月10日昭和30年安積郡の三和村・穂積村と安積町の一部(川田)が合併し、三穂田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年安積郡大槻町が郡山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年安積郡の中野村・三代村・月形村・福良村・赤津村が合併し、湖南村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年田村郡の高野村と逢隈村が合併し、西田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月23日昭和30年安積郡の河内村と多田野村が合併し、逢瀬村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年11月1日昭和30年田村郡三春町の一部(荒井・蒲倉)が郡山市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年11月15日昭和30年田村郡巌江村が分かれ、白岩・下白岩・下舞木・阿久津・安原・横川などが郡山市に、根木屋・芹沢が西田村に、山田などが三春町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月1日昭和31年田村郡の宮城村と御舘村が合併し、中田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1960年4月1日昭和35年郡山市の一部(上舞木と下舞木の一部)が三春町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1965年5月1日昭和40年郡山市と安積郡の富久山町・日和田町・熱海町・安積町・喜久田村・逢瀬村・片平村・三穂田村・湖南村、田村郡田村町が合併し、改めて郡山市が発足した。安積郡はこのとき消滅した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1965年8月1日昭和40年田村郡の中田村と西田村が郡山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。