今の白河市
福島県南部にある市で、那須連峰を望みます。阿武隈川や社川、隈戸川などが流れ、市の中心部は阿武隈川沿いに東西へ広がります。面積の約半分は山林です。古代の白河の関で知られる「みちのくの玄関口」で、江戸時代は白河藩の城下町でした。新幹線や高速道路が通り、南湖公園や小峰城など多くの史跡があります。製造業の工場も多く立地します。
今の白河市の区域の人口は、2020年の国勢調査で59,491人です。今の区域で数えた1980年の60,253人とくらべると1.3%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は29.9%です。
主な産業:製造業を中心に、さまざまな企業の活動が行われています。
特産品・名産
- 白河ラーメン白河のご当地ラーメン
- 白河だるま毎年2月に市が立つ郷土の縁起物
- 白河石白河地方で産出される安山岩
見どころ・祭り
- 白河関跡古代からの歌枕で国の史跡
- 南湖公園日本最古の公園といわれる国の名勝
- 白河小峰城日本100名城のひとつ
- 白河提灯まつり奇数年の9月に行われる祭り
木アカマツ花ウメ鳥ウグイス白河市の木・花・鳥
白河市のなりたち
白河市(しらかわし)は、福島県県南地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。大沼村・白坂村・小田川村・社村・古関村・金山村・小野田村・釜子村・五箇村・大屋村・信夫村・白河町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の白河市になりました。
今の名前「白河市」は、1920年にあった白河町の名前を受け継いでいます。ほかの11の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の白河町が約22km²だったのに対し、今の白河市は約309km²と、およそ13.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は岩瀬郡・西白河郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧白坂村の区域には白坂駅(東北本線)があります。
「白河市」という名前
市名は、古くからの地名「白河」を受けついだものです。白河は古代に白河の関が置かれて以来、みちのくの玄関口として知られ、平安時代の能因法師をはじめ多くの歌人が白河の関を歌に詠みました。松尾芭蕉も『おくのほそ道』で白河の関にふれています。ただ、「白河」という地名そのものの由来ははっきりしていません。
まちの成り立ち
福島県の南部にあり、古代から奥州の入り口として知られた市です。江戸時代は白河藩の城下町で、南湖公園を築いた松平定信が藩主をつとめました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、西白河郡白河町と、まわりの大沼村・白坂村・小田川村・五箇村・古関村・金山村・社村・小野田村・釜子村・信夫村などが生まれました。1949年(昭和24年)4月1日に白河町と大沼村が合併し、市制を施行して白河市が発足しました。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)に白坂村と小田川村、1955年(昭和30年)3月1日に五箇村を編入しました。まわりでは、古関村・金山村・社村が表郷村に、小野田村・釜子村が東村に、大屋村・信夫村が大信村になりました。1955年8月1日には、表郷村のうち関辺・旗宿の2地区が白河市に編入されています。
2005年(平成17年)11月7日、白河市と表郷村・東村・大信村が合併して、新しい白河市が発足しました。中世には白河結城氏の所領でした。市内には白河関跡や南湖公園などの史跡も多くあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西白河郡白河町が単独で町制を施行した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西白河郡に大沼村・白坂村・小田川村・五箇村・古関村・金山村・社村・小野田村・釜子村・信夫村が、岩瀬郡に大屋村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1907年4月1日明治40年西白河郡五箇村の一部(蕪内)が釜子村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1949年4月1日昭和24年岩瀬郡大屋村の一部(大里)が分かれ、大里村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1949年4月1日昭和24年西白河郡の白河町と大沼村が合併し、市制を施行して白河市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年大屋村の所属が岩瀬郡から西白河郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年西白河郡白坂村が白河市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年10月1日昭和29年西白河郡小田川村が白河市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年2月1日昭和30年西白河郡の金山村・古関村・社村が合併し、表郷村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年西白河郡五箇村が白河市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年西白河郡の小野田村と釜子村が合併し、東村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月10日昭和30年西白河郡の大屋村と信夫村が合併し、大信村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年8月1日昭和30年表郷村の一部(関辺・旗宿)が白河市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年8月20日昭和30年東村の一部(小貫・大田輪)が石川郡浅川町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 2005年11月7日平成17年白河市と西白河郡の表郷村・東村・大信村が合併し、改めて白河市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.fukushima.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。