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須賀川市すかがわし

1920年には12の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の須賀川市になりました。

12町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の須賀川市

福島県中通り中部にある市で、阿武隈川や釈迦堂川が流れます。宇津峰山などの山があります。古くは二階堂氏の城下町で、江戸時代は奥州街道の宿場町として栄えました。国の名勝に指定された須賀川牡丹園や、秋の火祭りの松明あかしで知られます。夏から秋にかけて出荷される岩瀬きゅうりの産地でもあり、特撮監督の円谷英二の出身地です。

今の須賀川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で74,992人です。今の区域で数えた1980年の69,553人とくらべると7.8%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.7%です。

74,992人人口(2020年)
+7.8%1980年からの増減
283.7km²面積(概算)
264人/km²人口密度
28.7%65歳以上の割合
80,3641980199020052020
15歳未満 12.9%15〜64歳 58.5%65歳以上 28.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:きゅうりの栽培が盛んで、牡丹園など花の名所もあります。

特産品・名産

  • 岩瀬きゅうり夏秋きゅうりの産地のブランド
  • 牡丹市の花で、須賀川牡丹園がある

見どころ・祭り

  • 須賀川牡丹園牡丹園で唯一の国指定名勝
  • 松明あかし毎年11月に行われる火祭り
  • 宇津峰城跡が国史跡の山
  • 和田大仏及び横穴墓群市内にある大仏と古墳時代の墓群

木アカマツ花ボタン鳥カワセミ須賀川市の木・花・鳥

須賀川市のなりたち

須賀川市(すかがわし)は、福島県県中地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。小塩江村・西袋村・浜田村・稲田村・川東村・大森田村・仁井田村・桙衝村・白方村・白江村・長沼町・須賀川町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の須賀川市になりました。

今の名前「須賀川市」は、1920年にあった須賀川町の名前を受け継いでいます。ほかの11の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の須賀川町が約8km²だったのに対し、今の須賀川市は約284km²と、およそ33.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は岩瀬郡・石川郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧小塩江村の区域には小塩江駅(水郡線)があります。旧川東村の区域には川東駅(水郡線)があります。

121920年の町村の数
7回合併・編入の回数
284km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「須賀川市」という名前

市名は、1876年(明治9年)に本町・中町・北町・道場町が合わさって生まれた須賀川村の名に始まり、1889年(明治22年)の須賀川町、1954年(昭和29年)の須賀川市へと受けつがれてきました。ただ、「須賀川」という地名そのものの由来ははっきりしていません。

まちの成り立ち

福島県中通り中部にある市です。鎌倉時代以降は二階堂氏の城下町として栄えましたが、天正年間に伊達政宗に攻められて須賀川城が落城しました。毎年11月の松明あかしは、このときの二階堂家の霊を弔う行事として続いてきました。江戸時代は白河藩領で、奥州街道の宿場町として栄え、松尾芭蕉も『奥の細道』の旅で須賀川宿に8日間とどまっています。

1876年(明治9年)に本町・中町・北町・道場町が合わさって須賀川村となり、1889年(明治22年)4月1日の町村制で森宿村の一部を合わせて須賀川町になりました。まわりには長沼村・浜田村・西袋村・仁井田村などの村が、石川郡には川東村・小塩江村・大森田村が生まれています。

昭和の大合併では、1954年(昭和29年)3月31日に須賀川町・浜田村・西袋村・稲田村と石川郡の小塩江村が合併し、須賀川市が発足しました。1955年(昭和30年)3月に仁井田村を編入し、1967年(昭和42年)2月には石川郡大東村を編入しました。2005年(平成17年)4月1日には長沼町と岩瀬村を編入しています。特撮監督の円谷英二の出身地で、ウルトラマンを生かしたまちづくりが行われています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、岩瀬郡に須賀川町(須賀川村と森宿村の一部)と、長沼村・浜田村・西袋村・仁井田村・白方村・白江村・稲田村・桙衝村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、石川郡に川東村・小塩江村・大森田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1901年6月13日明治34年岩瀬郡長沼村が町制を施行し、長沼町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1954年3月31日昭和29年岩瀬郡の須賀川町・浜田村・西袋村・稲田村と石川郡小塩江村が合併し、市制を施行して須賀川市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1955年1月1日昭和30年石川郡の川東村と大森田村が合併し、大東村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1955年3月10日昭和30年岩瀬郡仁井田村が須賀川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1955年3月31日昭和30年岩瀬郡の白方村と白江村が合併し、岩瀬村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1955年3月31日昭和30年岩瀬郡の長沼町と桙衝村が合併し、改めて長沼町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1967年2月1日昭和42年石川郡大東村が須賀川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  10. 2005年4月1日平成17年岩瀬郡の長沼町と岩瀬村が須賀川市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.fukushima.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

須賀川町→須賀川市1889〜今
長沼町1901〜2005
桙衝村1889〜1955
岩瀬村1955〜2005
白方村1889〜1955
白江村1889〜1955
大東村1955〜1967
川東村1889〜1955同じ名前の駅:川東駅
大森田村1889〜1955
仁井田村1889〜1955
小塩江村1889〜1954同じ名前の駅:小塩江駅
西袋村1889〜1954
浜田村1889〜1954
稲田村1889〜1954

参考にした資料