今の塙町
福島県の最南端にある町です。東に阿武隈山系、西に八溝山系が連なり、久慈川が町の中央を南北に流れます。南は茨城県に接し、水郡線が通ります。江戸時代は幕府の天領で、塙代官所が置かれていました。風呂山公園の山つつじや、町内で育てられるダリアなど、花でも知られています。農林業が主な産業で、国道118号などが通ります。
今の塙町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,302人です。今の区域で数えた1980年の12,060人とくらべると31.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.6%です。
主な産業:農林業が中心で、町内ではダリアの栽培が盛んです。
特産品・名産
- こんにゃく町の特産品の一つ
- 登り鮎町の特産品の一つ
- ダリア染め町の特産品の一つ
見どころ・祭り
- 風呂山公園約4千本の山つつじが4月下旬から咲く
- 湯遊ランドはなわ300種類のダリアを育てるダリア園がある
- 道の駅はなわ国道118号沿いの道の駅
- 湯岐温泉町内にある温泉
木杉花山つつじ、ダリア鳥きじ塙町の木・花・鳥
塙町のなりたち
塙町(はなわまち)は、福島県県南地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。笹原村・高城村・石井村・常豊村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の塙町になりました。
今の名前「塙町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の常豊村が約28km²だったのに対し、今の塙町は約214km²と、およそ7.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は東白川郡に属していました。
「塙町」という名前
塙町の名の由来は、はっきりしていません。塙の名は、江戸時代の塙代官所など古くからこの地域で使われてきた地名です。1889年(明治22年)の町村制では、塙村や下渋井村など9つの村が合わさって常豊村になり、塙の名は村名に残りませんでした。1948年(昭和23年)11月3日に常豊村が町制を施行したとき、町名を塙町と改めました。この町名は、その後1955年の合併でも引き継がれています。
まちの成り立ち
福島県の南端にある町です。江戸時代は幕府の天領で、塙代官所が置かれていました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、塙村・下渋井村・上渋井村・堀越村・西河内村・東河内村・常世北野村・常世中野村・竹之内村が合わさって、東白川郡常豊村が発足しました。1931年(昭和6年)には水郡線の磐城塙駅が開業しています。1948年(昭和23年)11月3日に常豊村が町制を施行し、塙町(第一次)になりました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月10日に笹原村と合併して塙笹原町を新設し、同年3月31日に石井村と高城村の一部が加わって、改めて塙町(第二次)を新設しました。1957年(昭和32年)1月10日には、石井村だった大字の一部(中石井・下石井・戸塚)が分かれて矢祭村へ編入されています。1959年(昭和34年)には棚倉町の大字八槻の一部を編入しました。平成の大合併では、2002年に棚倉町・鮫川村と法定協議会を置きましたが、2003年の住民投票で反対が過半数を占め、協議会は解散しました。2024年(令和6年)5月には新しい町役場庁舎が開庁しています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東白川郡に常豊村・笹原村・石井村・高城村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1948年11月3日昭和23年常豊村が町制を施行するとともに改称し、塙町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月10日昭和30年塙町と笹原村が合併し、塙笹原町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年塙笹原町・石井村と高城村の一部(台宿・伊香・植田・真名畑)が合併し、改めて塙町が生まれた。高城村の残りは豊里村と矢祭村をつくった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年1月10日昭和32年塙町の一部(中石井・下石井・戸塚)が矢祭村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。