福島県 › 鮫川村

鮫川村さめがわむら

鮫川村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の鮫川村

福島県の南端に近い東白川郡の山あいの村で、阿武隈高原の南部の高地にあります。村の大部分が標高400〜650メートルにあり、山林が約6割を占めます。鮫川が流れ、江竜田の滝などの滝や、鹿角平観光牧場、天文台があります。昔から田畑と畜産を組み合わせた農業が営まれ、村内産の大豆を使った味噌などの加工品も作られています。

今の鮫川村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,049人です。今の区域で数えた1980年の5,537人とくらべると44.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.0%です。

3,049人人口(2020年)
−44.9%1980年からの増減
132.9km²面積(概算)
23人/km²人口密度
40.0%65歳以上の割合
5,5371980199020052020
15歳未満 10.4%15〜64歳 49.6%65歳以上 40.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:田畑と肉用牛などの畜産を組み合わせた農業と、大豆などの加工が行われています。

特産品・名産

  • 大豆の加工品村内産大豆を使った味噌など
  • 肉用牛村の農家で昔から育てられている

見どころ・祭り

  • 江竜田の滝二見ヶ滝など6つの滝の総称で遊歩道がある
  • 強滝村内の滝
  • 鹿角平観光牧場村内の観光牧場
  • 富田薬師堂村内の薬師堂

木シラカバ花ヤマユリ鳥キジ鮫川村の木・花・鳥

鮫川村のなりたち

鮫川村(さめがわむら)は、福島県県南地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに鮫川村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は東白川郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
133km²今の面積

「鮫川村」という名前

村の名は、1889年(明治22年)4月1日の町村制で7つの村が合わさったときにつけられ、今まで変わらずに使われています。村の中を流れる鮫川の名と同じですが、名づけの経緯や「鮫川」という名そのものの由来ははっきりしていません。村は東白川郡の北東部、阿武隈高原の南部にあります。

まちの成り立ち

福島県の南端に近い、東白川郡北東部の村です。阿武隈高原の南部にあたる高地で、村の大部分は標高400〜650メートルにあり、山林が約6割を占めます。

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、西山村・石井草村・赤坂東野村・赤坂中野村・赤坂西野村・富田村・渡瀬村の7か村が合わさり、東白川郡鮫川村が生まれました。その後は合併をせず、明治の村の区域のまま今に至っています。平成の大合併のころには棚倉町・塙町と合併協議会を設けましたが、2003年(平成15年)の住民投票で反対が多数となり、協議会は解散しました。1970年(昭和45年)4月1日には国道289号が指定されました。

村には江竜田の滝をはじめとする滝があります。江竜田の滝は、二見ヶ滝・そうめんの滝・虹ヶ滝などの滝をまとめた呼び名で、遊歩道が整えられています。富田薬師堂や強滝、鹿角平観光牧場、舘山公園も村内にあります。村の農家では、昔から田畑と畜産を組み合わせた経営が行われてきました。村内産の大豆を使った味噌などの加工品も作られています。村の木・花・鳥は、1972年(昭和47年)11月に定められました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東白川郡の赤坂西野村・西山村・赤坂中野村・赤坂東野村・石井草村・富田村・渡瀬村が合併し、鮫川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 2003年9月30日平成15年東白川郡の棚倉町・塙町と設けた合併協議会が、合併の是非を問う住民投票で反対が多数となったことを受けて解散し、鮫川村は合併しなかった。種類:その他 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

鮫川村1889〜今

参考にした資料