今の古殿町
福島県中通り南東部にある石川郡の町です。阿武隈山系の標高300〜500メートルにあり、三株山を最高峰として山々が連なります。鮫川が町を東西に横断し、流れに沿った河岸段丘に農地が開けています。四季がはっきりした太平洋側の気候です。水稲、山菜、ミニトマト、牛の飼育が行われ、酒や味噌、コンニャク製品も特産です。
今の古殿町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,825人です。今の区域で数えた1980年の7,879人とくらべると38.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.2%です。
主な産業:水稲や山菜、ミニトマト、畜産が主な産業で、酒や味噌も作られます。
特産品・名産
- ミニトマト町の主な農産物のひとつ
- 酒・味噌町の特産品として紹介される
- コンニャク製品町の特産品として紹介される
- 山菜町の特産の野菜として紹介される
見どころ・祭り
- 越代の桜ヤマザクラの大木で県の天然記念物
- 西光寺阿弥陀堂福島県指定文化財の堂
- 古殿八幡神社町名の由来となった総鎮守
- 三株山町の最高峰
木スギ花ヤマユリ鳥キジ古殿町の木・花・鳥
古殿町のなりたち
古殿町(ふるどのまち)は、福島県県中地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。竹貫村・宮本村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の古殿町になりました。
今の名前「古殿町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は東白川郡に属していました。
「古殿町」という名前
町名は、1955年(昭和30年)に宮本村と竹貫村が合わさったとき、総鎮守の古殿八幡神社がある「古殿」の地名からとられました。「古殿」という地名は、昔、代々の領主が隠居して八幡を守り、古記殿を館としていたことから、そう呼ばれるようになったと町は紹介しています。町は阿武隈山系の山あいにあり、鮫川が町を東西に横切っています。
まちの成り立ち
福島県中通り南東部、阿武隈山系の標高300〜500メートルにある石川郡の町です。三株山を最高峰とし、いわき市を通って太平洋へ注ぐ鮫川が、町を東西に横切っています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、東白川郡に竹貫村と宮本村が生まれました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月31日に竹貫村と宮本村が合併して古殿村が発足し、総鎮守の古殿八幡神社がある「古殿」の地名が村の名になりました。古殿村は1957年(昭和32年)4月1日に町制を施行して古殿町となりました。1994年(平成6年)4月1日には、所属する郡が東白川郡から石川郡に変わっています。
町内の越代の桜はヤマザクラの大木で、福島県の天然記念物です。西光寺阿弥陀堂は、北条時宗の守護仏の阿弥陀如来をまつると伝わる堂で、福島県の指定文化財です。町の木・花・鳥は、1977年(昭和52年)4月9日に公募で選ばれました。水稲や山菜、ミニトマト、牛の飼育が主な産業で、酒や味噌、コンニャク製品も作られています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東白川郡に竹貫村(仙石村・鎌田村・田口村・竹貫村)と宮本村(上松川村・下松川村・大久田村・山上村・論田村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年東白川郡の竹貫村と宮本村が合併し、古殿村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年4月1日昭和32年東白川郡古殿村が町制を施行し、古殿町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1994年4月1日平成6年古殿町の所属が東白川郡から石川郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。