今の柳津町
福島県会津地方の奥会津にある町で、河沼郡に属します。南端に博士山があり、南部は山地です。町の北部を只見川が横切り、川沿いには河岸段丘が発達しています。圓蔵寺の門前町として発展し、赤べこの伝説の発祥の地として知られます。只見川と銀山川の合流点にある魚淵は、ウグイの生息地として国の天然記念物です。西山地区には地熱発電所があります。
今の柳津町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,081人です。今の区域で数えた1980年の5,678人とくらべると45.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.3%です。
主な産業:観光、農業、地熱を使った発電が行われています。
特産品・名産
- 粟饅頭門前町の店で売られる名物
- ソースカツ丼卵焼きを敷くのが柳津の特徴
- 博士そば町内のそば
見どころ・祭り
- 圓蔵寺日本遺産の構成文化財
- 魚淵ウグイ生息地で国の天然記念物
- 柳津温泉圓蔵寺の門前の温泉
- 斎藤清美術館柳津ゆかりの版画家の美術館
木柳花桐鳥ウグイス柳津町の木・花・鳥
柳津町のなりたち
柳津町(やないづまち)は、福島県会津地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。飯谷村・倉戸村・東川村・中ノ川村・柳津村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の柳津町になりました。
今の名前「柳津町」は、1920年にあった柳津村の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の柳津村が約20km²だったのに対し、今の柳津町は約179km²と、およそ9.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は大沼郡・河沼郡に属していました。
「柳津町」という名前
町名は、圓蔵寺の門前町として開けた柳津村の名を受けついでいます。1889年(明治22年)の町村制で柳津村・大柳村・細八村が合わさって柳津村ができ、1921年(大正10年)に倉戸村・飯谷村と合併したあとも、この名が使われました。1942年(昭和17年)に町制を施行して柳津町になりました。「柳津」という地名そのものの由来は、はっきりしていません。
まちの成り立ち
奥会津の入り口にある町です。只見川沿いに河岸段丘が広がり、圓蔵寺の門前町として栄えてきました。赤べこ伝説の発祥の地ともいわれます。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、河沼郡に柳津村・倉戸村・飯谷村が、大沼郡に東川村・中ノ川村が生まれました。1921年(大正10年)5月1日に柳津村・倉戸村・飯谷村が合併して、改めて柳津村が発足しました。大沼郡の東川村と中ノ川村は、1940年(昭和15年)4月1日に合わさって西山村となりました。柳津村は1942年(昭和17年)5月20日に町制を施行して柳津町となりました。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月31日に柳津町と西山村が合併し、改めて柳津町が発足しました。大沼郡だった西山の地区は、このとき河沼郡の町の一部になりました。
只見川と銀山川の合流点にある魚淵は、ウグイの生息地として国の天然記念物です。西山地区には地熱発電所があります。圓蔵寺の門前には粟饅頭の店が並び、あかべこ通り商店街ができています。只見川沿いの郷戸原は、町でいちばん大きな平地です。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、河沼郡に柳津村(柳津村・大柳村・細八村)・倉戸村・飯谷村が、大沼郡に東川村・中ノ川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1921年5月1日大正10年河沼郡の柳津村・倉戸村・飯谷村が合併し、改めて柳津村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1940年4月1日昭和15年大沼郡の中ノ川村・東川村が合併し、西山村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1942年5月20日昭和17年河沼郡柳津村が町制を施行し、柳津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1949年1月1日昭和24年大沼郡西山村の一部(軽井沢のうち上平地区)が新鶴村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年河沼郡柳津町と大沼郡西山村が合併し、改めて河沼郡柳津町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。