今の下郷町
福島県の会津地方の南部にある町です。那須山系などの山々に囲まれ、町のほぼ中央を阿賀川(大川)が流れます。面積の約87%が森林で、冬は雪が多い地域です。川沿いには塔のへつりに代表される渓谷が続きます。会津西街道の宿場だった大内宿があり、湯野上温泉などの温泉もあります。気候は日本海側の影響を強く受け、冬は降雪量が多い積雪寒冷地帯です。
今の下郷町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,264人です。今の区域で数えた1980年の10,025人とくらべると47.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.8%です。
主な産業:観光に加え、そばなどの農産物があります。
特産品・名産
- ねぎそば大内宿で一本のねぎを箸代わりに食べるそば
- 猿楽台地のそば台地のそば畑で作る、そば粉を使った料理
- 会津地鶏道の駅しもごうで丼などに使われる
見どころ・祭り
- 大内宿茅葺き屋根の宿場町。重要伝統的建造物群保存地区
- 塔のへつり1943年に国の天然記念物に指定された渓谷
- 湯野上温泉町内の温泉
- 中山風穴地特殊植物群落国の天然記念物
- 観音沼森林公園町内の森林公園
木シラカバ花フジ鳥ウグイス下郷町の木・花・鳥
下郷町のなりたち
下郷町(しもごうまち)は、福島県南会津地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。長江村・二川村・楢原村・旭田村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の下郷町になりました。
今の名前「下郷町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の楢原村が約110km²だったのに対し、今の下郷町は約323km²と、およそ2.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南会津郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧楢原村の区域には楢原駅(会津鉄道 会津線)があります。
「下郷町」という名前
下郷町の名の由来は、はっきりしていません。町の名は、1955年(昭和30年)4月1日に楢原町・旭田村・江川村の3町村が合併して新しい町をつくったときに付けられたものです。合併前の町村の名を使わない新しい名で、会津地方の南部にある町として歩み始めました。
まちの成り立ち
福島県の会津地方の南部にある町です。町の中央を阿賀川(大川)が流れ、面積の約87%は森林に覆われています。1889年(明治22年)の町村制で、この地域には楢原村・旭田村・長江村・二川村が発足しました。1928年(昭和3年)9月1日に、長江村と二川村が合わさって江川村が生まれました。1946年(昭和21年)11月20日には、楢原村が町制を施行して楢原町になりました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)4月1日に楢原町・旭田村・江川村の3町村が新設合併して、南会津郡下郷町が発足しました。町内の大内宿は、会津若松から栃木県の今市へ向かう会津西街道の宿場町で、1981年(昭和56年)に重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。また、大内宿の自然用水は、1996年(平成8年)に日本の音風景100選に選ばれました。町は那須山系などの山々に囲まれ、国指定天然記念物の塔のへつりなどの渓谷があります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南会津郡に楢原村・旭田村・長江村・二川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1928年9月1日昭和3年長江村と二川村が合併し、江川村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1946年11月20日昭和21年楢原村が町制を施行し、楢原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年楢原町・旭田村・江川村が合併し、下郷町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。