今の富岡町
福島県浜通りの中ほどにあり、東は太平洋、西は阿武隈の山並みに面する双葉郡の町です。町内を富岡川が流れて太平洋に注ぎます。海岸には断崖と砂浜が続き、比較的温暖で雪の少ない土地です。夜ノ森の桜並木やつつじで知られます。2011年の原発事故で町の全域が避難の対象となり、その後、避難指示は区域ごとに順に解除されてきました。
今の富岡町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,128人です。今の区域で数えた1980年の14,941人とくらべると85.8%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は25.1%です。
主な産業:農業と漁業が行われ、富岡漁港があります。
特産品・名産
- 天のつぶ(富岡町産米)町産米を使った菓子や麺がある
- 純米吟醸「天の希」町産の天のつぶで造る日本酒
- 玉ねぎ町産玉ねぎを使ったカレーなどがある
見どころ・祭り
- 夜ノ森公園の桜並木約2.2kmにわたって続く桜並木
- 夜ノ森駅のつつじつつじで知られる夜ノ森駅
- 小浜代遺跡7〜8世紀ごろの役所跡とみられる遺跡
- 岩井戸温泉町内にある温泉
木サクラ花ツツジ鳥セキレイ富岡町の木・花・鳥
富岡町のなりたち
富岡町(とみおかまち)は、福島県相双地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。上岡村・富岡町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の富岡町になりました。
今の名前「富岡町」は、1920年にあった富岡町の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の富岡町が約22km²だったのに対し、今の富岡町は約70km²と、およそ3.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は双葉郡に属していました。
「富岡町」という名前
この土地が「富岡」と呼ばれるようになったのは戦国時代ごろと考えられており、当時は岩城氏の領地でした。ただ、なぜ「富岡」という名がついたのかは、はっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で楢葉郡富岡村が生まれ、1900年(明治33年)3月8日に町制を施行して富岡町となりました。
まちの成り立ち
福島県浜通りの中ほどにある、太平洋に面した町です。町内には古墳や、7〜8世紀ごろの役所跡とみられる小浜代遺跡があり、古くから人が暮らしていました。江戸時代は初め磐城平藩領で、のちに幕府領などに分かれて明治を迎えました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、楢葉郡に富岡村と上岡村が生まれました。1896年(明治29年)に双葉郡ができると両村はその一部となり、富岡村には郡役所が置かれました。富岡村は1900年(明治33年)3月8日に町制を施行して富岡町となりました。上岡村は1950年(昭和25年)6月1日に町制を施行して双葉町と名を改めました。この双葉町は、今の双葉郡双葉町とは別の町です。1955年(昭和30年)3月31日に富岡町と双葉町が合併し、改めて富岡町が発足しました。
2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、町内で震度6強を観測し、津波の被害も出ました。東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、帰還困難区域を除く地域の避難指示は2017年(平成29年)4月1日に解除されました。帰還困難区域のうち特定復興再生拠点区域も、2023年(令和5年)4月1日と11月30日に解除されています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、楢葉郡に富岡村(小浜村・小良ヶ浜村・毛萱村・上郡山村・下郡山村・仏浜村)と上岡村(上手岡村・本岡村・大菅村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年楢葉郡(川前村を除く)と標葉郡の区域から双葉郡が発足し、富岡村・上岡村は双葉郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1900年3月8日明治33年双葉郡富岡村が町制を施行し、富岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1950年6月1日昭和25年双葉郡上岡村が町制を施行するとともに改称し、双葉町(今の双葉町とは別の町)となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年双葉郡の富岡町と双葉町(旧上岡村)が合併し、改めて富岡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。