今のいわき市
福島県の浜通り南部にあり、福島県で最も広い市です。南は茨城県に接し、東は太平洋に約60キロメートルの海岸線がのびています。西は阿武隈高原で、温暖な気候です。かつては常磐炭田の石炭で栄え、今は温泉やスパリゾートハワイアンズ、アクアマリンふくしまなどの観光でも知られます。小名浜港は物流と工業の港です。
今のいわき市の区域の人口は、2020年の国勢調査で332,931人です。今の区域で数えた1980年の342,074人とくらべると2.7%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は31.5%です。
主な産業:工業と水産業、観光が柱です。石炭の歴史を受け継ぐ温泉観光もあります。
特産品・名産
- 常磐もの(メヒカリなど)親潮と黒潮がぶつかる沖でとれる魚。メヒカリは市の魚
- ウニの貝焼き市の特産とされる海産物の料理
- かまぼこ水産加工会社が集まる
見どころ・祭り
- スパリゾートハワイアンズ常磐地区の大型温泉リゾート
- アクアマリンふくしま小名浜の水族館
- 白水阿弥陀堂国宝の阿弥陀堂
- 勿来関跡古代の関の跡
- 塩屋埼灯台日本の灯台50選の一つ
木クロマツ花つつじ鳥かもめいわき市の木・花・鳥
いわき市のなりたち
いわき市(いわきし)は、福島県いわき地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、42の町村がありました。平窪村・石住村・貝泊村・荷路夫村・玉川村・飯野村・神谷村・泉村・鹿島村・渡辺村・江名村・小名浜町・磐崎村・湯本村・草野村・夏井村・高久村・豊間村・箕輪村・赤井村・三阪村・永戸村・沢渡村・上小川村・下小川村・大野村・大浦村・入遠野村・上遠野村・山田村・鮫川村・川部村・錦村・川前村・大久村・久之浜町・四倉町・好間村・平町・内郷村・田人村・窪田村です。これらの町村が、14回の合併や編入を経て、今のいわき市になりました。
今の名前「いわき市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの42の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の川前村が約118km²だったのに対し、今のいわき市は約1,248km²と、およそ10.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は双葉郡・石城郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧湯本村の区域には湯本駅(常磐線)があります。旧草野村の区域には草野駅(常磐線)があります。旧赤井村の区域には赤井駅(磐越東線)があります。旧川前村の区域には川前駅(磐越東線)があります。旧内郷村の区域には内郷駅(常磐線)があります。
「いわき市」という名前
「いわき」の漢字には、岩城・磐城・石城があります。古代の国造と律令制のもとの郡名は「石城」、この地を本拠にした戦国大名の姓は「岩城」、江戸時代と明治の令制国は「磐城」でした。1966年(昭和41年)10月1日の合併のとき、すでに磐城市(小名浜地区)があったことから、吸収合併というイメージを避ける妥協点として、ひらがなの「いわき市」としました。
まちの成り立ち
福島県の浜通り南部にあり、福島県で最も広い市です。南は茨城県と接し、東は太平洋、西は阿武隈高原に面しています。古代は石城国造と道奥菊多国造の土地で、平安時代の12世紀から関ヶ原の戦いまでは岩城氏の本拠地でした。明治のはじめから常磐炭田の開発が進み、石炭の産地として日本の近代化を支えました。昭和30年代には石炭産業が衰え、新産業都市の指定を受けることになりました。1963年に「常磐・郡山地区」が新産業都市に閣議決定され、1964年に指定されています。1966年(昭和41年)10月1日、新産業都市建設促進法にもとづき、磐城市・内郷市・常磐市・平市・勿来市の5市と、小川町・遠野町・四倉町・久之浜町の4町、川前村・田人村・三和村・好間村・大久村の5村が新設合併して、いわき市が誕生しました。この合併で石城郡はなくなり、当時は面積が日本一広い市になりました。1971年にはクロマツを市の木、1973年にはツツジを市の花に定めています。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、揺れと津波による大きな被害を受けました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、菊多郡に泉村・渡辺村・鮫川村・錦村・山田村・窪田村・川部村・上遠野村・入遠野村・田人村・貝泊村・石住村・荷路夫村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、磐前郡に平町・小名浜町と内郷村・飯野村・夏井村・高久村・豊間村・江名村・鹿島村・玉川村・磐崎村・湯本村・好間村・赤井村・沢渡村・三阪村・永戸村・箕輪村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、磐城郡に四ツ倉町と平窪村・神谷村・草野村・大浦村・大野村・上小川村・下小川村が、楢葉郡に川前村・久之浜村・大久村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年菊多郡・磐前郡・磐城郡と楢葉郡の川前村の区域で石城郡が発足した。久之浜村と大久村は双葉郡に属することになった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1896年9月23日明治29年磐崎村の一部(関船・水野谷)が湯本村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1901年6月13日明治34年双葉郡久之浜村が町制を施行し、久之浜町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1922年8月20日大正11年湯本村が町制を施行し、湯本町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1923年3月1日大正12年江名村が町制を施行し、江名町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1923年4月10日大正12年鮫川村が町制を施行するとともに改称し、植田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1925年5月1日大正14年窪田村が町制を施行するとともに改称し、勿来町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1937年6月1日昭和12年平町と平窪村が合併し、平市が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1940年4月1日昭和15年錦村が町制を施行し、錦町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年6月1日昭和15年豊間村が町制を施行し、豊間町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年4月1日昭和16年田人村・石住村・貝泊村・荷路夫村が合併し、改めて田人村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1941年8月15日昭和16年玉川村が小名浜町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1942年7月29日昭和17年内郷村が町制を施行し、内郷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1950年4月1日昭和25年飯野村が平市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1950年5月15日昭和25年神谷村が平市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1953年4月1日昭和28年泉村が町制を施行し、泉町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1953年10月10日昭和28年鹿島村が小名浜町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月29日昭和29年小名浜町の一部(松久須根・三沢・上矢田)が湯本町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年磐崎村が湯本町に編入され、湯本町は改称して市制を施行し、常磐市となった。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年泉町・江名町・小名浜町・渡辺村が合併し、磐城市が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年7月10日昭和29年内郷町が市制を施行し、内郷市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1954年10月1日昭和29年豊間町・草野村・高久村・夏井村が平市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年沢渡村・永戸村・三阪村が合併し、三和村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年赤井村が分かれ、大字赤井が平市に編入され、残り(西小川・塩田・高萩・三島)は上小川村・下小川村と合併して小川町が生まれた。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年箕輪村が分かれ、大字高野が内郷市に、残り(大利・榊小屋)が好間村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年3月10日昭和30年四ツ倉町・大浦村・大野村が合併し、改めて四倉町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年上遠野村と入遠野村が合併し、遠野町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月29日昭和30年植田町・勿来町・錦町・川部村・山田村が合併し、勿来市が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1966年10月1日昭和41年平市・磐城市・常磐市・内郷市・勿来市と石城郡の小川町・遠野町・四倉町・川前村・田人村・好間村・三和村、双葉郡の久之浜町・大久村が合併し、いわき市が生まれた。石城郡はこのときなくなった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。