今の川内村
福島県浜通りの西部にある、双葉郡の山村です。阿武隈高地の最高峰・大滝根山の東斜面にあたる高原で、標高500〜600メートルの高原が大部分を占めます。山に囲まれた盆地を木戸川が流れ、その流域に集落が点在します。面積の約9割は山林や原野で、耕地は川沿いに開けています。農業と林業が営まれ、詩人の草野心平との縁でも知られます。
今の川内村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,044人です。今の区域で数えた1980年の4,132人とくらべると50.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は49.4%です。
主な産業:米・葉タバコ・高冷地野菜などの農業と、シイタケなどの林業が営まれています。
特産品・名産
- 高冷地野菜高原の気候を生かして栽培される
- 米村の農業の中心となる作物
- 葉タバコ複合経営の農業で作られてきた
見どころ・祭り
- 天山文庫詩人・草野心平ゆかりの文庫
- 阿武隈民芸館村内にある民芸の展示施設
- 平伏沼モリアオガエルの生息地で天然記念物
- 草野心平歌碑詩人・草野心平の歌碑
木モミ花サラサドウダン鳥ウグイス川内村の木・花・鳥
川内村のなりたち
川内村(かわうちむら)は、福島県相双地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに川内村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は双葉郡に属していました。
「川内村」という名前
村の名は、1889年(明治22年)の町村制で上川内村と下川内村が合わさったとき、両村に共通する「川内」をとったものです。「川内」という地名そのものの由来ははっきりしていません。村の中央を木戸川が流れ、四方を山に囲まれた高原の盆地に集落が点在しています。
まちの成り立ち
阿武隈高地の中央部にあり、大滝根山の東斜面に開けた高原の村です。四方を山に囲まれた盆地で、木戸川の流域には縄文時代の遺跡が多く見つかっています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、上川内村と下川内村が合わさり、楢葉郡川内村が生まれました。1896年(明治29年)4月1日に楢葉郡と標葉郡の区域から双葉郡ができ、川内村は双葉郡に属しました。その後は合併をせず、明治の村の区域のまま今に至っています。
村の産業は農林業が中心で、米・葉タバコ・畜産・養蚕・高冷地野菜を組み合わせた農業が営まれてきました。詩人の草野心平が村を訪れたことをきっかけに村人との交流が深まり、心平は1960年(昭和35年)8月に名誉村民となりました。天山文庫は、その縁で村民も加わって建てられたものです。
2011年(平成23年)3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、村は避難を余儀なくされました。避難指示は2014年(平成26年)10月に一部の地域で解除され、残る避難指示解除準備区域も2016年(平成28年)6月14日に解除されました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、上川内村と下川内村が合併し、楢葉郡川内村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年楢葉郡(川前村を除く)と標葉郡の区域から双葉郡が発足し、川内村は双葉郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。