今の石川町
福島県中通り南部、阿武隈高地の西側にある石川郡の町です。阿武隈川流域の平坦地と、阿武隈高地に連なる山間地からなります。市街地は町のほぼ中央を流れる今出川に沿って広がります。母畑湖や母畑温泉などの温泉があります。国道118号とJR水郡線が南北に走ります。川沿いの桜並木や、三芦城跡の杉が町のシンボルです。
今の石川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,644人です。今の区域で数えた1980年の21,731人とくらべると32.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.3%です。
主な産業:果樹や畜産などの農業と、食品工場など製造業が行われています。
特産品・名産
- りんご町で育てられる果物
- 桃町で育てられる果物
- 黒毛和牛畜産が行われる地域
見どころ・祭り
- 石都々古和気神社式内社で、鰐口は県指定文化財
- 三芦城跡杉が町のシンボルとされる城跡
- 母畑温泉母畑湖畔の温泉
- 石尊山公園町を一望できる高台の公園
木スギ花サクラ鳥ウグイス石川町の木・花・鳥
石川町のなりたち
石川町(いしかわまち)は、福島県県中地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。母畑村・野木沢村・中谷村・沢田村・山橋村・石川町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の石川町になりました。
今の名前「石川町」は、1920年にあった石川町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の石川町が約18km²だったのに対し、今の石川町は約117km²と、およそ6.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は石川郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧野木沢村の区域には野木沢駅(水郡線)があります。
「石川町」という名前
町名は、明治の町村制で生まれた石川村(のち石川町)の名を受けついでいます。この地方は、12世紀前半ごろに源(石川)有光が移り住み、開発と支配を進めたことから歴史が始まったと町は紹介しています。ただ、「石川」という地名と有光との関係や地名の由来は、はっきりしていません。今の石川町は、1955年(昭和30年)の合併で生まれました。
まちの成り立ち
福島県中通り南部、阿武隈高地の西側にある石川郡の町で、石川地方の中心となってきた町です。町は、12世紀前半ごろに源(石川)有光が移り住んで石川地方の開発を始めたことを、町の歴史の始まりとしています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、石川郡に石川村・沢田村・野木沢村・母畑村・中谷村・山橋村が生まれました。石川村はその後まもなく町制をしいて石川町になりました。1934年(昭和9年)には水郡線が通り、磐城石川駅と野木沢駅が開業しました。太平洋戦争中には、ウラン鉱石の採掘地として知られました。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月31日に石川町・沢田村・野木沢村・母畑村・中谷村・山橋村が合併し、改めて石川町が発足しました。町の中心部では今出川が、母畑湖から流れる北須川と合わさります。母畑温泉などの温泉があり、明治時代から約120年続いた石川家畜市場は2013年(平成25年)に閉鎖されました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、石川郡に石川村・沢田村・野木沢村・母畑村・中谷村・山橋村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1893年2月3日明治26年石川郡山橋村の一部(山白石)が分かれ、山白石村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1894年3月27日明治27年石川郡石川村が町制を施行し、石川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年石川郡の石川町・沢田村・中谷村・野木沢村・母畑村・山橋村が合併し、改めて石川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。