今の浅川町
福島県中通り南部、石川郡にある緑の多い町です。阿武隈山系の山々と田園に囲まれ、阿武隈川の支流の社川が流れます。町内の城山には戦国時代の山城の跡があります。毎年8月に行われる浅川の花火で知られ、「花火の里」と呼ばれます。魔除けの花火や、浅川産コシヒカリを使った日本酒など、花火と米にちなむ特産品があります。
今の浅川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,036人です。今の区域で数えた1980年の7,488人とくらべると19.4%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.2%です。
主な産業:米づくりを中心とした農業と、工場が立地する製造業が行われています。
特産品・名産
- 浅川名物魔除花火疫病退治を願う花火の殻に古文書の写しを貼る
- 純米生原酒あさかわ浅川産コシヒカリだけを使った期間限定の酒
- 漢方資材栽培米漢方資材で育てたコシヒカリ
見どころ・祭り
- 浅川の花火毎年8月に行われる県内で歴史の古い花火
- 浅川城跡戦国時代の山城で中腹に白山比咩神社がある
- 永昌寺1329年建立の板碑が町指定文化財
- 慈眼寺真言宗智山派の寺院
木アカマツ花サギソウ鳥オナガ浅川町の木・花・鳥
浅川町のなりたち
浅川町(あさかわまち)は、福島県県中地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。山白石村・小野田村・浅川村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の浅川町になりました。
今の名前「浅川町」は、1920年にあった浅川村の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は石川郡・西白河郡に属していました。
「浅川町」という名前
町名は、1889年(明治22年)4月1日の町村制で、浅川村・滝輪村・染村など13の村が合わさって生まれた石川郡浅川村の名を受けついでいます。浅川村は1935年(昭和10年)に町制を施行して浅川町となりました。「浅川」という地名そのものの由来ははっきりしていません。
まちの成り立ち
福島県中通り南部の石川郡にある町です。阿武隈山系の山と田園に囲まれ、阿武隈川の支流の社川が流れます。町内には、標高408メートルの城山があります。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、石川郡浅川村が生まれました。となりの山橋村からは、1893年(明治26年)に山白石村が分かれています。1934年(昭和9年)には水郡線が通り、1935年(昭和10年)に浅川村が町制を施行して浅川町となりました。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)10月1日に浅川町と山白石村が合併し、改めて浅川町が発足しました。1955年(昭和30年)8月20日には、西白河郡東村の一部(小貫・大田輪)が浅川町に編入されています。
戦国時代の山城だった浅川城跡の中腹には白山比咩神社があります。毎年8月に行われる浅川の花火は、福島県で最も歴史のある花火とされ、町は「花火の里」とも呼ばれます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、石川郡に浅川村・山橋村が、西白河郡に小野田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1893年2月3日明治26年石川郡山橋村の一部(山白石)が分かれ、山白石村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1935年石川郡浅川村が町制を施行し、浅川町となった。種類:町制施行 出典:www.town.asakawa.fukushima.jp
- 1954年10月1日昭和29年石川郡の浅川町と山白石村が合併し、改めて浅川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年西白河郡の小野田村と釜子村が合併し、東村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年8月20日昭和30年西白河郡東村の一部(小貫・大田輪)が浅川町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。