今の磐梯町
福島県の会津地方中部にある町です。磐梯山と猫魔ヶ岳の南の麓に位置し、町内の最高点は磐梯山の山頂です。平地は少ないものの、日当たりと湧水に恵まれ、稲作に向いています。中心市街地は慧日寺の門前町が起こりで、大寺と呼ばれました。精密機械などの工場が立地する工業の町という面もあります。磐梯西山麓湧水群は名水百選に選ばれています。
今の磐梯町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,322人です。今の区域で数えた1980年の4,501人とくらべると26.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.5%です。
主な産業:精密機械などの工業と稲作が行われています。
特産品・名産
- 米湧水と日当たりに恵まれ稲作に向く
- 精密機械カメラメーカーなどの工場が立地
見どころ・祭り
- 慧日寺跡徳一が開いた寺の跡。日本遺産の構成文化財
- 磐梯山町の北にそびえる山
- 磐梯西山麓湧水群名水百選に選ばれている
磐梯町のなりたち
磐梯町(ばんだいまち)は、福島県会津地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに磐梯村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は耶麻郡に属していました。
「磐梯町」という名前
町名は町の北にそびえる磐梯山と同じ字を使っていますが、名づけの経緯ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で、耶麻郡の赤枝村・大谷村・更科村・磐梯村の区域をもって磐梯村が生まれました。1960年(昭和35年)に町制を施行して、磐梯町となりました。
まちの成り立ち
会津地方の中部にあり、磐梯山の南の麓に広がる町です。古くから磐梯山にまつわる山岳信仰の地だったと考えられています。807年(大同2年)に僧の徳一が慧日寺を開き、平安時代の末には多くの寺僧や僧兵を抱える大きな寺となって、会津一円に力を及ぼしました。今の中心市街地は、この慧日寺の門前町が始まりで、大寺と呼ばれてきました。江戸時代は会津藩領でした。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、赤枝村・大谷村・更科村・磐梯村の区域をもって耶麻郡磐梯村が生まれました。1914年(大正3年)には日橋川に猪苗代第一発電所ができ、東京への長距離送電が始まりました。1960年(昭和35年)4月1日に町制を施行し、磐梯町となりました。合併を経ずに、明治の村の区域のまま今に至っています。
1970年(昭和45年)には、工場の煤煙によるカドミウム公害が問題になりました。町内の最高点は磐梯山の山頂で、最も低いところは会津盆地の端にあたります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、耶麻郡の赤枝村・大谷村・磐梯村・更科村の区域をもって磐梯村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1960年4月1日昭和35年耶麻郡磐梯村が町制を施行し、磐梯町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。