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東広島市ひがしひろしまし

1920年には35の町村だった区域が、15回の合併・編入を経て、今の東広島市になりました。

35町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の東広島市

広島県の中央部にある市で、県で最も広い盆地の西条盆地を中心に、瀬戸内海の沿岸から中山間地まで広がります。東は沼田川、南は黒瀬川、西は瀬野川の源流にあたり、北部を中央分水界が通ります。広島大学があり、学術研究都市として発展しました。西条は古くから酒造りのまちで、酒蔵が並びます。沿岸の安芸津ではカキの養殖が行われています。

今の東広島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で196,608人です。今の区域で数えた1980年の120,871人とくらべると62.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.0%です。

196,608人人口(2020年)
+62.7%1980年からの増減
635.15km²面積(国土地理院)
310人/km²人口密度
24.0%65歳以上の割合
196,6081980199020052020
15歳未満 14.0%15〜64歳 62.0%65歳以上 24.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:日本酒や半導体メモリなどの製造業、米づくり、安芸津のカキ養殖が営まれています。

特産品・名産

  • 日本酒西条を中心に酒造りが盛ん
  • 西条柿西条町寺家の長福寺が発祥地と伝わる柿
  • 安芸津のカキ小ぶりで身が締まり、味が濃いとされる

見どころ・祭り

  • 西条酒蔵通り酒蔵が並ぶ通り
  • 安芸国分寺跡奈良時代の国分寺跡。国の史跡
  • 三ツ城古墳県内で最大規模の前方後円墳。国の史跡
  • 竹林寺行基の建立を伝える古寺。本堂は国の重要文化財

木松花つつじ東広島市の木・花

東広島市のなりたち

東広島市(ひがしひろしまし)は、広島県安芸の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、35の町村がありました。吉土実村・御薗宇村・下見村・三津町・木谷村・早田原村・川源村・乃美村・中黒瀬村・上黒瀬村・乃美尾村・下黒瀬村・東高屋村・西高屋村・下三永村・上山村・吉川村・板城村・戸野村・豊田村・郷田村・小谷村・久芳村・竹仁村・志和堀村・東志和村・西志和村・川上村・原村・吉川村・入野村・造賀村・寺西村・西条町・大河村です。これらの町村が、15回の合併や編入を経て、今の東広島市になりました。

今の名前「東広島市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの35の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の川源村が約36km²だったのに対し、今の東広島市は約622km²と、およそ17.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は世羅郡・豊田郡・賀茂郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、賀茂郡は2005年(平成17年)3月22日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧西高屋村の区域には西高屋駅(山陽本線)があります。旧入野村の区域には入野駅(山陽本線)があります。旧西条町の区域には西条駅(山陽本線)があります。

351920年の町村の数
15回合併・編入の回数
635km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「東広島市」という名前

東広島市の名は、広島市の東側に位置することに由来します。1973年に広島大学の統合移転先が西条町に決まると、大学を中心とした学園都市をつくる機運が高まり、翌1974年に西条町と周りの3町が合併して市が生まれました。そのとき、広島市の東に位置することから、この名が付けられました。

まちの成り立ち

西条盆地を中心とする地域には、奈良時代に安芸国分寺が建てられ、安芸国の国府も置かれたといわれます。江戸時代には西国街道の宿場町として栄えました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、賀茂郡に四日市次郎丸村(1890年に町制を施行して西条町)などの村が生まれました。1939年(昭和14年)に西条町と吉土実村・御薗宇村・下見村・寺西村が合わさって新しい西条町となり、1943年には三津町・早田原村・木谷村が合わさって安芸津町、1944年には乃美村と川源村が合わさって豊栄村(1949年に町)が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日には黒瀬町と高屋村(翌年に町)、1955年には河内町・福富町・志和町、1956年(昭和31年)9月1日には八本松町が生まれています。1974年(昭和49年)4月20日、賀茂郡の西条町・八本松町・志和町・高屋町が合わさって東広島市が生まれました。2005年(平成17年)2月7日には黒瀬町・福富町・豊栄町・河内町・安芸津町を編入し、市域が大きく広がりました。市内には広島大学があり、学術研究都市として発展しています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、賀茂郡に四日市次郎丸村・吉土実村・御薗宇村・下見村・寺西村・川上村・原村・吉川村・郷田村・板城村・上黒瀬村・乃美尾村・中黒瀬村・下黒瀬村・早田原村・三津村・下三永村・賀永村・西高屋村・東高屋村・造賀村・東志和村・志和堀村・西志和村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、豊田郡に小谷村・入野村・大河村・戸野村・竹仁村・久芳村・乃美村・川源村・豊田村・木谷村が、世羅郡に吉川村・上田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1890年10月1日明治23年賀茂郡四日市次郎丸村が町制を施行し、西条町に改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1893年1月26日明治26年賀茂郡三津村が町制を施行して三津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1924年4月1日大正13年豊田郡大河村が町制を施行し、河内町に改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1939年7月1日昭和14年賀茂郡の西条町・吉土実村・御薗宇村・下見村・寺西村が合併し、改めて西条町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1943年1月1日昭和18年賀茂郡の三津町・早田原村と豊田郡木谷村が合併して賀茂郡安芸津町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1944年1月1日昭和19年豊田郡の乃美村と川源村が合併して豊栄村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1949年4月1日昭和24年豊田郡豊栄村が町制を施行して豊栄町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1950年4月1日昭和25年賀茂郡西条町の一部(西条東・寺家)が分かれて寺西村が発足した。種類:その他 出典:Wikipedia
  11. 1950年6月10日昭和25年豊田郡戸野村の一部(造賀)が賀茂郡造賀村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  12. 1952年4月1日昭和27年賀茂郡寺西村が町制を施行して寺西町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  13. 1954年3月31日昭和29年賀茂郡の東高屋村と西高屋村が合併して高屋村が、上黒瀬村・乃美尾村・中黒瀬村・下黒瀬村が合併して黒瀬町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  14. 1955年1月1日昭和30年賀茂郡下三永村と賀永村の一部(上三永)が西条町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  15. 1955年3月31日昭和30年賀茂郡郷田村と板城村の一部(福本・大沢・馬木・森近)が西条町に、板城村の残り(国近・小多田)が黒瀬町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  16. 1955年3月31日昭和30年豊田郡小谷村が賀茂郡高屋村に編入され、高屋村は同じ日に町制を施行して高屋町となった。種類:編入 出典:Wikipedia
  17. 1955年3月31日昭和30年豊田郡の河内町・戸野村と豊田村の一部(小田の一部)が合併し、改めて河内町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  18. 1955年3月31日昭和30年世羅郡吉川村の一部(吉原の一部)と上山村の一部(飯田の一部)が豊田郡豊栄町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  19. 1955年7月10日昭和30年豊田郡の竹仁村と久芳村が合併して福富町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  20. 1955年8月1日昭和30年賀茂郡の東志和村・志和堀村・西志和村が合併して志和町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  21. 1956年4月1日昭和31年豊田郡の入野村・河内町・福富町・豊栄町が賀茂郡に、賀茂郡安芸津町が豊田郡に所属を変えた。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  22. 1956年9月1日昭和31年賀茂郡の川上村・原村・吉川村が合併して八本松町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  23. 1956年9月30日昭和31年賀茂郡入野村が河内町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  24. 1956年9月30日昭和31年豊田郡賀永村の一部(仁賀の一部)が賀茂郡西条町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  25. 1958年1月1日昭和33年賀茂郡造賀村が高屋町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  26. 1959年10月1日昭和34年賀茂郡寺西町が西条町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  27. 1974年4月20日昭和49年賀茂郡の西条町・八本松町・志和町・高屋町が合併し、市制を施行して東広島市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  28. 2005年2月7日平成17年賀茂郡の黒瀬町・福富町・豊栄町・河内町と豊田郡安芸津町が東広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東広島市1974〜今
安芸津町1943〜2005同じ名前の駅:安芸津駅
三津町1893〜1943
木谷村1889〜1943
早田原村1889〜1943
豊栄町1944〜2005
上山村1896〜1955
吉川村1889〜1955
川源村1889〜1944
乃美村1889〜1944
黒瀬町1954〜2005
板城村1889〜1955
中黒瀬村1889〜1954
上黒瀬村1889〜1954
乃美尾村1889〜1954
下黒瀬村1889〜1954
福富町1955〜2005
久芳村1889〜1955
竹仁村1889〜1955
大河村→河内町1889〜2004
入野村1889〜1956同じ名前の駅:入野駅
戸野村1889〜1955
豊田村1889〜1955
西条町1890〜1974同じ名前の駅:西条駅
寺西村→寺西町1889〜1959
郷田村1889〜1955
下三永村1889〜1955
吉土実村1889〜1939
御薗宇村1889〜1939
下見村1889〜1939
志和町1955〜1974
志和堀村1889〜1955
東志和村1889〜1955
西志和村1889〜1955
高屋町1954〜1974
造賀村1889〜1958
小谷村1889〜1955
東高屋村1889〜1954
西高屋村1889〜1954同じ名前の駅:西高屋駅
八本松町1956〜1974同じ名前の駅:八本松駅
川上村1889〜1956
原村1889〜1956
吉川村1889〜1956

参考にした資料